2013年03月21日

ポスト資源高の総合商社 A

 資源高の追い風が弱まり、好業績が続いた総合商社が転換期を迎えている。資源投資ラッシュは2012年までに一服。代わって食料など非資源分野で世界ブランドを取り込もうとする巨額買収が相次ぐ。

 資源価格の高騰という 「怪物」 は、巨万の富をもたらす裏側で、いつしか商社の根幹をむしばんでいた。失われつつある現場感覚、牙を抜かれる人材。だぼはぜのようにどん欲に商いを求める商社マンは、もはや過去の遺物なのか。商社がいどむ未来を追う。

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 「ミツイ・オン・ザ・ムーン」。三井物産の高荷英己イノベーション推進室長は2012年9月、米カーネギー・メロン大教授の研究室で、スクリーンに映ったメッセージに面食らった。

 「月探査計画に200万ドル出資しないか」。クレーター内部の探査に情熱を注ぐ教授から唐突にこう誘われたのだ。

 米航空宇宙局 (NASA) では客員科学者の助言が常識を超えていた。
「火星手前の隕石 (いんせき) 群に眠るぼう大なプラチナを三井物産が取りに行けばいい。」
 
 次世代事業の創出を担う高荷氏らは欧米中心に約50の先端研究機関などを半年かけて訪問。米グーグルでは新事業担当副社長に 「グーグルの事業の本質がネット技術を使った困りごとの解決なら、われわれが様々な業界の案件を持ってくる」 と提携を持ちかけた。

 貿易取引から事業投資へビジネスの主軸を切り替え、幾度もの不要論を乗り越えてきた総合商社。大手5社合計の純利益は2012年3月期にピークに達した。だが、その後の資源価格下落では 「今後3年は減益傾向が続く」 との見方もある。

 各社は新たなビジネスや経営の形を真剣に模索し始めた。

 “グループ憲法”

 三菱商事が2012年9月に開いた社長室会では、2年越しで練り上げたグループの 「憲法」 が承認された。合わせて70ページを超す 「企業運営の基本ポリシー」 と具体的な運用ガイドライン。経営理念から人事、経理・財務、 ITなどの諸制度、業務ノウハウまで共有すべき内容を網羅する。

 投資拡大で1,200社に膨らんだ関連会社を本社が直接経営するのはもはや不可能。本社は機能や権限を各部門に委譲し、各社が自立し連携し合える経営基盤づくりを進めてきた。

 ¬¬¬今後は憲法を使って価値観を共有し、 「個別最適の 『集合商社』化を防ぐ」 (三菱商事首脳)。

 組織力の再構築、なかでも人材戦略は各社共通の生命線だ。双日は2012年10月、 「CEO育成プログラム」 を始めた。各部門がエース社員を1人ずつ選抜し、関連会社の経営中枢に2年近く出向させる。出向先を出身部門以外に限ることで専門知識に限らない 「経営のプロを育てる」 (西原茂執行役員)。

 三井物産も 「道場人事」 と呼ぶ部門間の異動に積極的だ。主に資源部門が他部門の人材を受け入れ事業投資ノウハウを伝授している。

 食料本部でアジア戦略を担当する竹嶋大治氏は、金属資源本部で習得した出資先の管理手法を中国戦略などに生かす。

 住友商事は2012年8月、東京・銀座の研修センターに10人超の役員を集め、同社初の本格的な合宿会議に臨んだ。 「部門の壁を越えて会社の課題を抽出せよ」。会社のあり方をゼロベースで再考しようとする中村邦晴社長は本質論を求め、活発な議論にじっと耳を傾けた。

 三井物産も同時期に自由討議形式の経営会議を初めて開催。10年後の商社像を探る議論が熱を帯びる。

 三菱商事の社外取締役を務め、商社経営に詳しい一橋大学の伊藤邦雄教授は 
「経営人材の輩出力、海外の相手との交渉力、儲ける力は他産業に比べて断トツ」 と分析する。

 3つの力を振り絞り時代の商社モデルを創造できるか。経営者の腕の見せどころだ。

 ( 引用: 日本経済新聞 ) 

 【 日本の7大商社 世界に類を見ない最強のビジネスモデル 】


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2013年02月19日

”総合商社” という産業区分は誤り

 21世紀の日本経済の機関車役は、通信産業、自動車産業、総合商社の3つです。
2012年の上場企業3,700社の半分を超える純利益が、この3つの産業から創出されています。

 また、日経新聞によると、2013年度の純利益も、この3つの産業が上場会社の半分以上を占める予想だそうです。

 ところが、日本の自動車産業と通信産業は世界からもよく理解され、株式市場でも評価されているにも拘らず、 ”ソーゴーショーシャ ” だけは、日本にしか無い稀有なビジネスモデルのため、残りの世界から全く評価されていないのが残念です。

 そもそも、日本の7大商社は、産業区分を ”総合商社” という一言でくくっているのは大いなる過ちではないでしょうか?
 
 業容を一つの側面(貿易会社) からしか捉えていないからです。

 外国人投資家からすると、 ”ソーゴーショーシャ、 What's that ? "  

 の一言だけで片付けられてしまい、幅広く活躍している業容が、全く理解されていないばかりか、投資対象にもなっていません。

 日本の商社株がビックリするほど安値圏に放置されたまま (配当利回りが3%〜4% ) なのは、PR努力が足りない 兼、産業区分が間違っているためだと思います。

 世界で日本にしかない稀有なビジネスモデル、総合商社を正確に表現するのであれば、 

 ” 貿易会社 兼 電力会社 兼 石油会社 兼 資源会社 兼 鉄鋼会社 兼 穀物商社 兼 鉄道会社 兼 航空宇宙会社 兼 機械商社 兼 アパレル会社 ” という長ったらしい産業区分を創らない限り、世界から理解されることはないでしょう。

 それほど ”総合商社 ” というのは奥の深い世界であり、僕が村上春樹の小説よりもはるかに興味をそそられる理由でもあります。


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2013年02月09日

商社の不思議 (11)

 “花形の通信衛星も今は昔 残ったのは1グループのみ”

 CS事業では、大手商社がしのぎを削った。既得権益者がいなかったため、商社勢が入り乱れて商圏を競い合ったのだ。

 三菱商事を中核とする宇宙通信と、伊藤忠、三井物産、米ヒューズの3社連合の日本通信衛星が89年に衛星を打ち上げて事業を開始、激しい顧客争奪戦を繰り広げた。

  当時、CS(通信衛星)は鉄道にたとえられた。 
「 何を載せるのか、誰が乗るのかはわからないが、巨大インフラになるのは間違いない。これに乗り遅れれば情報・通信産業から脱落する 」 と各商社は見ていた。

 CS市場は、1兆円市場になるともいわれ、日商岩井(現:双日)、丸紅連合に住友商事が加わったサテライト・ジャパンも94年に事業開始予定で三つ巴の戦いが見込まれていた。

 だが、いざCSビジネスが立ち上がると、市場は暗雲に見舞われる。バブル崩壊が直撃したのだ。企業のCS需要は伸びず、衛星の稼働率は低下し、有力顧客であった番組提供会社は軒並み大赤字の苦境に陥ってしまう。

 そのため、93年には早くも日本通信衛星とサテライトジャパンが合併することで、過当競争を回避するほど、市場は冷え込んでいた。

 一方の宇宙通信も90年に2号機の打ち上げ失敗、さらには1号機の故障という不運に見舞われ、目玉事業に暗い影を落とした。

 2000年には宇宙通信とともに三菱商事が注力していた衛星放送 「 ディレクTV 」 が、日本通信衛星グループの 「 スカイパーフェクTV 」 に利用者を移行させ、事業を打ち切った。

 CSデジタル放送は開始からわずか4年で1社に集約された格好だ。その後、宇宙通信もまた2008年に日本通信衛星に吸収されてしまった。

 それでも、2000年にJSATを上場したことで、伊藤忠、三井物産、住友商事、日商岩井 ( 当時はアイ・ティ・エックス ) は50億〜70億円の売却益を得ていたし、 「スカイパーフェクTV」 は順調に成長した。

 ただ、結局のところCSビジネスもまた、当初描いたようなバラ色のものではなかった。

 「 木は育ったが森にならず 」 影薄まる情報・通信事業

 大手商社が陣取り合戦を展開したのが、3種の神器の3つ目、CATV事業だ。郵政省は93年までにそれまでの、経営主体は地元資本、営業区域は限定といった、CATVに課していた規制 ( 指導 ) を大幅に緩和、CATV事業の門戸を開いた。

 これを受け、商社が入り乱れて、既存CATV局の買収と新局開設の苛烈な競争を繰り広げたのだ。

 このCATV事業で先行したのが住商だった。83年にCATVプロジェクトチームを発足させ、93年時点で19局に出資していた。さらに同年に米CATV大手のTCIと提携し、買収戦略を加速した。

 これを追ったのが伊藤忠だ。91年に東芝と共同で5億ドルずつを米タイム・ワーナー (TW) に出資。共同設立したCATV会社、タイタスコミュニケーションズで住商を追い上げるはずだった。

 だが、財務内容が悪化していた伊藤忠は97年、総額2,000億円に及ぶ特損処理を行うリストラに着手する。

 98年以降に虎の子だったTW株をすべて売却、前出のタイタスは2000年に住商傘下のCATV運営会社、ジュピターテレコムに事実上のみこまれた。

 結局のところ、情報・通信分野で収益の柱に成長した事業は、住商のCATVだけだったといえる。

 90年代後半から2000年代にかけ、情報・通信事業は株式譲渡や上場による “収穫期” を迎えたことも確かにあった。しかし、CATVに続く目玉事業はなく、尻すぼみ感はぬぐえない。

 将来を担う花形事業としての熱気も今は昔。情報産業部門のセグメントで決算を公開する商社は減る一方だ。

 伊藤忠の通信事業部長やマルチメディア事業部長を務めた松本徹三・ソフトバンクモバイル特別顧問 (クアルコムジャパン社長を経て、ソフトバンクモバイル副社長などを歴任) は、 「 情報・通信産業では多くの木を植えたし、大木も育ったが、森にまでならなかった 」 と残念がる。

 ただ、新規参入と撤退を繰り返してきた商社にとって、事業の目論見が外れることはありふれた日常に過ぎない。それは情報・通信以外のビジネスにも当てはまる。

 古くは安宅産業事件にはじまり、丸紅首脳がロッキード事件、財テクに走り巨額損失を出した特金・ファントラブームなど、商社の歴史はまさに失敗の歴史なのだ。

 ( つづく ) 


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2013年02月03日

商社の不思議 (10)

“商社の活力の秘密”

新ビジネスに食らいつくエネルギーが商社の持ち味だ。商社では、新規参入と撤退が日常的に繰り広げられている。そのトライアル・アンド・エラーこそが活力を生んでいる。

 “ 商社の情報・通信ビジネス 花形産業 栄枯盛衰の25年史 ”

 かつて興隆を極めた情報・通信ビジネスは、商社にとって期待の星だった。口銭ビジネスから脱し、事業投資ビジネスへと転換する切り札の盛衰は、商社の活力と限界を体現している。

「情報・通信業界ではめまぐるしく技術革新と再編が進んでいった。」 三井物産の情報産業本部長として情報・通信事業を指揮した島田精一・現日本ユニシス特別顧問 ( 三井物産を経て、住宅金融支援機構理事長などを歴任 )は、当時をそう振り返った。

今から4半世紀前、商社は規制緩和による巨大市場出現にわいていた。当時は 「新電電」 「通信衛星 (CS)」 「ケーブルテレビ (CATV)」 が商社の情報・通信事業で三種の神器として持てはやされた。

特に注目を集めたのが新電電だ。1985年の通信自由化とNTT民営化直後、第二電電、日本テレコム、日本高速通信の地上系3社と、日本通信衛星、宇宙通信の衛星系2社が事業許可を受けた。

 翌年以降、東京通信ネットワークのような地域系電話をはじめ、日本高速通信 (ITJ) や国際デジタル通信 (IDC) などの国際電話、さらにはポケットベルや携帯電話の移動体通信、CATVを使った電話事業も続き、日本は通信自由化の熱気に包まれた。

そんな勃興する新市場に敏感に反応し、最も幅広く先行投資したのが商社だった。商社はすべての新会社に出資するダボハゼ商法を展開していた。

 当時の郵政省は事業主体として、既存のインフラを保有する企業、たとえば、東京電力やJRなどを認可したため、商社の出資比率は高くなかった。だが、こと国際電話においては、IDCは伊藤忠商事と英ケーブル・アンド・ワイヤレス (C&W)、ITJは大手商社5社が参加する商社主導の連合だった。

また、ツーカーセルラーや日本移動通信などの携帯電話各社、PHSのアステルにまで、大手商社各社は株主に名を連ねた。だが、結論を先に言えば、この新規事業で商社が主役を務めることは、ついぞなかった。

新電電や長距離、国際などの事業分野を超えた統合と、投資ファンドも加わった国際再編を経て、電話事業の新規参入者は携帯電話を含めていまやKDDIとソフトバンクの2グループに集約されてしまったのだ。

今、電話事業本体で商社の姿は見当たらない。

 前出の島田特別顧問は、 「 巨額のインフラ事業は当時の商社の体力を超えていた。また、それを担うにはサラリーマン社員では限界がある。」 と吐露。

 そのうえで、 「通信事業が孫正義・ソフトバンク社長、稲盛和夫・京セラ ( KDDI筆頭株主) 名誉会長という傑出した経営者によって、いわゆる2グループに集約したのは自然な流れだった。」 と当時の商社ビジネスの限界を指摘した。

電話事業で、商社が存在感を発揮できたのは、94年スタートの携帯電話端末の売り切りくらいだ。ただし、商社の電話事業は投資としては成功だった。

前出のITJは結局、 “身売り” したが、中核の商社3社は40億円前後の売却益を獲得したし、伊藤忠もITJの株式売却で約67億円の売却益を得た。

 これは、新電電や携帯電話も同様で、90年代半ばからの上場や業界再編において、商社は出資先から100億円単位の売却益を得る幸運に恵まれた。

( つづく )


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2013年01月13日

商社の不思議 (8) 

 ”逆風の鉄鋼部門で生き残りをかける “ 

 時代の変化は、商社のビジネスそのものを変化させた。時計の針を30年前に戻そう。高度経済成長期から1990年代にかけて、商社の大きな収益源でありながら、いまや死後となった言葉がある。 「 眠り口銭 」 だ。

 商社がメーカーとユーザーとのあいだに帳簿上、介在し、特段の機能を果たさなくとも、受け取っていた手数料のことである。

 高度経済成長期を牽引した鉄鋼業界においても、かつて商社は取引価格の3%程度の眠り口銭を当然のように手にしていた。しかし、濡れ手に粟の状態は、じわりと批判にさらされるようになる。

 日産自動車に乗り込んできたカルロス・ゴーン社長による大コストカット 「 ゴーンショック 」 は商社にまでおよび、 「 口銭が一気に4〜5割カットされた 」 と大手商社鉄鋼部門幹部は当時を振り返る。 

 しかし、商社の従来取引が軒並みマイナス査定されるなかにあってプラスの評価を得たものもある。「 コイルセンター 」だ。

 コイルセンターは、鉄鋼メーカーから薄板などの納入を受け、ユーザーの希望に応じて、切断・加工を施す加工拠点のこと。商社の鉄鋼部門にとって、このコイルセンターは事業投資の柱だ。

 80年代後半以降の自動車メーカー、部品メーカーの海外本格進出に歩調を合わせ、各社競うように海外展開してきた。

 材料の手配、加工、ジャスト・イン・タイム納入といったユーザーに対する機能だけでなく、鉄鋼メーカーにとっても、じかに取引しない小ロットの注文をまとめ、与信などの機能も果たす。

 プラス評価を得たゆえんだ。ただ、委託加工だけではコイルセンターの加工賃は下がるばかり。加工品質、歩留まりなどはもちろん、

 「 材料の発注、通関手続き、ジャスト・イン・タイム納入と、なんでもやっておカネを頂くしかない 」 ( 商社鉄鋼部門幹部 ) というサービスの総力戦になっている。

 三菱商事と双日の鉄鋼部門で発足したメタルワンで、自動車・電気産業向け薄板事業を束ねる山田起王威第二営業本部長がその切り札としているのが、薄板の 「ブランク加工」 だ。

 自動車のドアやルーフを加工する前に、鋼板を金型のサイズに合わせて切断・加工するというものである。

 このブランク加工では、少しでもホコリが入ると変形してしまう。そこで、ラインをビニールで覆い、さらにビニール内の気圧を上げるなど、あの手この手で品質と歩留まりを上げている。自動車メーカーが 「 ここまでやってくれたのか 」 と驚きの声を上げたほどの徹底ぶりだ。

 「 鉄は国家なり 」 の恩恵にあずかり、その座から突き落とされた商社は、鉄鋼部門を “儲からない” とばかりに切り離した。しかし、90年代以降、こつこつと海外展開されてきたコイルセンターは

 「 すきまのニーズを察知して、そこに食らいつくどん欲さこそがカギ 」 (山田本部長) と任じ、生き残りを果たしている。

 資源価格の上昇の恩恵にあずかって莫大な利益を上げる金属資源部門には大きく劣るものの、メタルワンの2010年当期純利益は188億円。その3分の1ほどをコイルセンター関連が稼ぎ出す。
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2013年01月09日

商社の不思議 (6)

 大手商社社長が語る

 伊藤忠商事、岡藤正広社長 − “ 強みの中国と生活消費を伸ばし、管理部門の縮小で反転攻勢 ”

 − 過去10年を総括すると? 
「 他商社と同様、疲弊したバランスシートの修復のため、管理部門を強化した10年だった。しかも、当社は管理部門によるブレーキが商社の中で最も厳しいものになった。

 収益で財閥系との差が開いた理由は、2000年代中盤からの資源の高騰にある。当時、伊藤忠はアクセルを踏める状況にはなかったが、2007年〜2008年は、攻勢に出るべきだった。 」 

 − 今後の経営戦略は?

 「 先の10年で体力もつき、これから思い切ってアクセルを踏み込む。資源で高騰した昨今、今から大きな収益を上げるのは難しい。安く買い、高く売ればもうかるが、今はそうではない。一方、資源には限りがあり、持つこと自体が強みでもある。

 今の収益権益は豪州や南米に偏っているが、今後はさまざまな資源が眠るアフリカで投資したい。
短期的には当社の強みをさらに伸ばす。中国と生活消費ではトップ商社だという自負がある。リスクはあるが、中国市場を否定するという選択肢はありえない。 」 

 − 人材育成への取り組みは?

 「 攻めの経営に転じるにあたり、車のブレーキに相当する管理部門を縮小させる。管理部門は大事だが、アクセルあってのブレーキだ。今の学生は安定志向といわれるが、自由に思いっきり働きたい若者も多い。

 財閥系商社は組織力中心。個々の社員が自由に働く当社のよさを広め、非財閥系商社を選ぶ学生を増やしていく。 」 

 − 他商社の注目案件は? 

 「 まずは2008年の丸紅のチリ銅山への投資。リスクはあったが、大きな収益源となった。近年まれに見るヒット事業だ。もう一つのヒットは三菱食品を誕生させた三菱商事による食品卸統合のM&A戦略だ。 」 

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 丸紅、朝田照男社長 “ 資源4割のバランスを維持 既存分野での優位性を追求 ”

 − 過去10年を総括すると?

「 2001年には当社は存亡の危機にあった。その断崖絶壁の状態から、選択と集中を繰り返し、足腰を強くしてきた。2008年のリーマンショック後、当社を含む商社が他の業界よりも速いスピードで回復できたのは、間違いなく中国の成長が背後にあったからだ。

 中国の経済力が、あらゆるビジネスの規模をふくらませ、貿易を加速し、資源の高騰をもたらした。当社はその旺盛な需要を軸に、従来の単発の取引からバリューチェーンへとビジネスモデルを転換させた。この変化が、過去10年間の大きな飛躍につながっている。

 − 今後の経営戦略は?

 「 財務体質は改善され、投資基準などの内部統制が整った。もちろん投資は積極的に行うが、新規事業にやみくもに投資せず、既存の強い分野で優位性を高め、規模の利益を追求する。

 当社は収益に占める資源の割合が4割で、他商社と比べて低いが、バランスが大事だ。資源価格は新興国の成長が下支えし、今後も大暴落はないが、当社は今の収益構造を維持しながら、新興国で投資を加速させる。アフリカの優先順位は、まだ高くない。 」 

 − 人材育成への取り組みは? 

 「 特に30代前半の、今活躍してほしい年代の人材が不足している。今後は新人の採用数も現在の100人程度から増やす考えだ。自ら手を挙げてなんでもやろうという、チャレンジ精神のある若者が欲しい。 」 

 − 他商社の注目案件は?

 「 投資に関して積極的に映るところもあれば、最近おとなしいと感じるところもある。ただ、印象に残っている案件は特にない。 」 


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2012年11月04日

商社の不思議 3

 さて、総合商社の経営陣は商社の存在意義をどう考えているのだろうか?

 三菱商事 小林健社長

 “米国駐在が花形” を終焉させ、BRICs攻略へ本腰

 − 過去10年を総括すると、これまでの投資がすべて成功したわけではないが、だいたい “9勝6敗” くらいのイメージ。この10年で、リスクを見極める力と、リスクへの対応力がついた。

 現在、日本の産業界では珍しく業界全体が黒字だが、商社不要論や冬の時代といわれたなかで、 “商事会社” という形態を常に見直し、高度化を図ってきたからこそ、今がある。

 − 今後の経営戦略は?

 米国駐在=花形 という時代は終わった。中国・インド・ブラジルは、必要な国々だが、当初は攻め切れていない。それゆえ、2012年度までの中期経営計画では、この3か国を全社戦略地域に設定した。

 ここには、経営主導で資金を充て、優秀な人材を送りこむ。副社長を中国に、常務をブラジルに送り込んだのもその一環だ。

 − 人材育成への取り組みは?

 事業投資先で経営を行うためには、社会的な全人格が求められる。その業界の人と同じ視点で向き合い信頼を得ることが大切だ。若い頃から経営者的な視点を持つ人材を育成する。

 人材を育てていくことには使命を感じている。当社はあらゆる産業とのパイプがあり、日本の産業の閉塞感を打破するような人材を育成・排出していきたい。

 − 他商社の注目案件は?

 自社のことで精いっぱいで、人様のことは言えない。ただ、「 衣食足りて礼節を知る
 」 の精神で、資源で収益が向上したぶん、今後はそれ以外の分野で社会に貢献することが必要だ。

 海外でのインフラ事業や水事業は、期間が長く投資リターンも低いが、人々の生活には欠かせない。こうした事業に、資源を還元することは大切なことだ。

 三井物産 飯島彰己社長

 日本と世界への貢献を軸に非資源分野の強化を推進

 − 過去10年を総括すると?
 
 骨折が治る過程で骨がより強くなるような時間だった。2002年の国後事件と2004年のDPFデータねつ造事件で、2枚のイエローカードを出された。この不祥事をきっかけに、企業理念の原点に立ち返って国や社会のためにより良い仕事とは何かを模索してきた。

 その過程で、IJPC ( イラン・ジャパン石油化学 ) のような困難な事業を完遂し、社会に貢献しうる投資や事業を展開してきたことあ、今、果実になっている。

 − 今後の経営戦略は?

 2011年は7000億円投資した。強みである資源分野の拡張に加え、特に非資源分野を強化する。将来的に、資源と非資源の収益構造を、現在の8対2から6対4程度にしたい。

 具体的には、アジアで人口増加と高齢化が進むなか、IHHSB (への出資) を手始めに、ヘルスケアの分野で将来に向けた布石を打つ必要がある。ほかにも再生可能エネルギーなどやることは多い。

 − 人材育成への取り組みは?

 「 人の三井 」 と呼ばれるわが社はもちろんのこと、商社の最大の財産は人。人を鍛えておけば、どんな環境でもゆるぎない経営ができ、会社を永遠に次の世代へと存続させることができる。

 グローバル化で、今までとは異なる人材育成をしていく必要がある。多様な文化や価値観を受け入れる柔軟性と度量を持った社員を育てる。

 − 他商社の注目案件は?

 特にない。現在の商社は、それぞれ傾注する地域や事業領域やビジネスモデルが異なるからだ。それゆえ、各事業分野には、それぞれの世界のリーディングカンパニーを見習い、目指すよう指示している。
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2012年10月29日

商社の不思議 2

 ブランドからアニメまで至る所に商社の影

 刑務所事業だけでなく、われわれの想像以上に “商社印” が刻印された商品、サービスは広がっている。

 「レスポ」 の愛称で有名な、あらゆる年代の女性の支持を集めるバッグブランド 
「 レスポートサック 」。 その世界展開を取り仕切っているのが、伝統的に繊維部門が強い伊藤忠商事だ。

 企画からマーケティング、生産管理、そして販売まで行うバリューチェーンを展開する主力商品の一つだ。

 もともと、米国ブランドのレスポは、先進国でこそ知名度があったが中国では無名。そこに目をつけた伊藤忠は2001年、中国での事業展開をもくろんで買収にこぎだした。

 「 外国人になめられないように 」 と、そりあげた頭に日焼け肌、襟元を大きく開けたファッションで決める細見研介・伊藤忠商事ブランドマーケティング第3部門長は、交渉時、むちゃくちゃな条件を出す女性オーナーに日本語で

 「 そんな条件がのめるか 」 と言い、テーブルをひっくり返したという。

 現在の年間500万個の生産量は、単一のブランドとしては世界一だ。ゼロからスタートした中国事業も現在90店舗に広がり、派手好み中国女性のハートをがっちりつかんでいる。

 だが、その背後に日本商社がいることを知る者はまず存在しない。

 同様に、主婦や一人暮らしに人気の自動掃除機 「ルンバ」 は、住友商事が40%出資するジュピターテレコムのケーブルテレビ事業 “J−COM” で、住友商事が放映権を持つ 「 ショップチャンネル 」 から火が付いた。

 また、三菱商事は、子供に人気のアニメで、ベイゴマブームを起こした
 「 爆転シュート ベイブレード 」 の商標権を持ち、同社が32%を持つローソンなどでキャラクタービジネスを展開する。

 このほか、住友商事が96%を出資する映画配給会社、アスミック・エースエンターテインメントや、丸紅が商標権を持つ山ガールの定番アイテムとなったアウトドアブランド 「 メレル 」 など、商社が流行の陰にいるケースは、枚挙にいとまがない。

 だが、それぞれの事業会社の顔は見えても、そこから投資利益を得る商社の名前が、表舞台に出ることはほとんどないのである。

 事業投資による利益の推移からもわかるように、現代の商社は、資源を中心としてあらゆる事業に参入する “投資銀行” へと変質した。彼らの存在感は明らかに増している。

 その一方で、商社マンは口癖のように 「 われわれは黒子 」 とこだわり続ける。 「 黒子 」 の言葉は、日本のメーカーを陰で支え続けた “ミドルマン” としての矜持 (きょうじ) でもあり、特有のしたたかさの表れでもあり、また商社を得体のしれない存在に追いやる元凶でもある。

 【 総合商社図鑑 未来をつくる仕事がここにある 】


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2012年10月21日

商社の不思議 <1>

 まさに “ダボハゼ” 経営! 海外からも不思議と映る商社

 海外投資家も正体不明と首をひねる総合商社。近年の収益構造はまさしく 「資源会社」 だが、 「 なんでもやる 」 という雑食性は今も昔も変わらない。投資事業でいかんなく発揮されている。

 − 岐阜県笠松町にある女子刑務所。昨年4月、この笠松刑務所で、商社の “雑食ぶり” を象徴する事業がはじまった。日本の刑務所の職業訓練に初めて取り入れられた 三井物産が仕掛ける “ネイリスト” 養成事業だ。

 法改正により法務省は既存の刑務所の一部業務につき民間委託を決めた。その第1号案件の入札を勝ち取ったのだ。

 なぜ華やかなイメージを持つ商社が、堀の向こう側のPFI事業へ踏み込んだのか?
三井物産パブリックサービス事業室の矢島聡マネージャーは 「 刑務所が、長期安定した大口の顧客になると判断した。」 と言う。

 あえてニッパーやシンナーなど、刑務所ではタブ−だった道具を利用する 「 ネイリスト養成 」 案を組み込んだことが、入札を制した決めてだったという。リスクを取りにいく商社らしいアイデアだ。

 事業主体は、三井物産が48%を出資する関連会社、エームサービスだ。現在の商社は、その事業会社の数だけ違う “お面” をかぶっている。

 「 何を生業としている会社なのか、海外投資家にいちばん理解してもらえないのが日本の総合商社だ。 」 そう皮肉るのは、マッコーリーキャピタル証券のポリーナ・ディアチキナ・シニアアナリストだ。

 しかし、商社という存在の 「 得体のしれなさ 」 は、外国人のみならず、いまや大半の日本人にも共通したイメージだ。

 ミドルマンから変質 利益の大半は資源頼み 

 古くは1960年代の “ 商社斜陽論 ” に始まり、21世紀に入るまで、商社は、経済界においてその存在意義を疑問視され続けてきた。

 力をつけたメーカーによる直接取引が増え、伝統的な口銭ビジネスが、その活躍の場を徐々に失っていったからだ。

 今年、5000億円の利益を叩きだしている三菱商事の10数年前、1999年の純利益はわずか100分の1にあたる56億円にすぎない。目下、空前の利益を上げ続ける大手総合商社は、今まさに “夏の時代” にある。

 いったいなぜなのか? その理由は、ひと言でいえば資源価格の高騰だ。

  三菱商事で言えば、純利益のうち7割を資源・エネルギー分野が稼ぎ出す。昨年度、三菱商事に次ぐ利益を上げた三井物産も8割弱という収益構造だ。現在の商社の利益規模は、そのまま、各商社の鉄鉱石や原料炭、銅など資源権益の保有量に比例している。

 実際、海外投資家が投資先として比較するのは資源メジャーだ。ディアチキナ・シニアアナリストが 「 商社がミドルマン ( 中間流通業者 ) 」 と言われた時代は過去のもの 」 と言うように、もはや商社は trading company ではなく、資源会社と位置付けられている。

 たとえば、三井物産の鉄鉱石の輸出量は、ヴァーレなどに次ぐ4番手。この解釈も妥当だ。

 ところが、である。当の商社自身は、資源会社と呼ばれることを極端に嫌う。純利益に占める資源・エネルギー比率の相対的な低下は、各商社のほぼ共通した目標だ。今の繁栄は、資源にあぐらをかいたあだ花ではないかという恐怖感が、各商社の根底にあるからだ。

 それを如実につきつけたのが、リーマンショック。資源価格の暴落に伴う利益の急減だった。

 だが、そのある意味で “優柔不断” な態度ゆえ、商社に対する海外投資家たちの動きはすこぶる鈍い。クレディ・アグリコル証券のジョン・バワーズ・リサーチアナリストは、 

 「 正直言って、特に最近は何に投資しているのか、どんどんわかりにくくなっている 」 と本音を漏らす。彼らの目には、今の商社はまるでヌエかキメラのごとく奇妙な存在として映っている。

  ( つづく ) 

 ( 引用: 週刊ダイアモンド )
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【 日本の7大商社 − 世界に類を見ない最強のビジネスモデル 】

posted by ヒデキ at 13:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 商社の不思議 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする