2013年04月21日

ポスト資源高の総合商社 E

 資源高の追い風が弱まり、好業績が続いた総合商社が転換期を迎えている。資源投資ラッシュは2012年までに一服。代わって食料など非資源分野で世界ブランドを取り込もうとする巨額買収が相次ぐ。

 資源価格の高騰という 「怪物」 は、巨万の富をもたらす裏側で、いつしか商社の根幹をむしばんでいた。失われつつある現場感覚、牙を抜かれる人材。だぼはぜのようにどん欲に商いを求める商社マンは、もはや過去の遺物なのか。商社がいどむ未来を追う。

 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 

 脱・資源依存への条件

 投資基準を巡っては、各社が見直しに動いている。伊藤忠は2010年に制度を見直し、事業ごとの特性に応じて異なる投資基準を採用した。

 さらに三井物産が昨年に 「イノベーション推進委員会」 を立ち上げたほか、丸紅も現在、投資基準を見直すための作業部会を社内に設置し、検討を進めている。こうした動きの背景にあるのは、従来の基準では対象にできない案件を拾えるようにし、新たな事業への挑戦を促すことだ。

 組織の縦割りを打破し、複数の部門にまたがる案件や新たな事業モデルを創出する。それも今後の商社に求められる。

 丸紅の大本晶之・LNG部長補佐は異色のキャリアの持ち主だ。1992年に入社して以来、電力インフラ部門で主要案件に携わってきた。しかし、2012年4月に自らLNG (液化天然ガス) 部隊への社内出向に自ら名乗りを上げた。

 若手であれば人事ローテーションの一環で、別の部門への移動は珍しくなかったが、大本氏のようなベテランではあまり聞かない。出向を決意したのは、以前の部門だけでは解決できない壁にぶち当たったからだ。

 電力インフラ事業は丸紅の中核事業の一つ。60年代の発電用タービンの機器売りから、70年代末に発電所そのものの建設を受注するEPC (一括納入請負) に転じ、さらに電力自由化の流れの中で発電所の運営まで事業領域を広げた。

 世界のトップ企業を猛追する中で、ここ数年、立ちはだかったのが燃料費の高騰という問題だった。

 天然ガス発電所の燃料となるLNG価格はこの10年で数倍に高騰した。それは電気代に転嫁され、電力需要を冷え込ませる。丸紅の事業そのものにも悪影響を及ぼす。

 解決策を探るために、燃料を扱うLNG部への社内出向を志願した。大本氏の上司である柿木真澄・執行役員 (電力・インフラ部門長) にも、 「 燃料調達まで手が伸びれば、電力メジャーが視野に入る 」 との期待があった。

 大本氏が今取り組んでいるのは、丸紅の持つ複数の発電所がガスを共同調達すること。まとまった量を発注すれば、LNG部隊としても、割安なガスを調達できる。発電所側も、調達コストの削減に加えて、相互に燃料の需給調整ができるようになる。

 これは部門ごとの考えで事業を考える従来のあり方では出てこなかった発想だ。必要なのは縦割り部門をつなぐスキームを考える者だ。

 “ 優秀な現地スタッフが来ない ”

 社内文化がドメスティックで、女性や外国人の幹部登用が進んでいない。これも縦割り同様、長年指摘され続けてきた課題だろう。

 女性については2013年4月に伊藤忠商事で初めて執行役員が誕生するだけで、取締役は歴史的に皆無。外国人の登用も、早くから海外で事業を展開してきた割には進んでいない。

 「 日本企業のステータスが高いアジアと違って、北米では本当に優秀な現地スタッフを採用するのは難しい。日本経済の相対的な地位低下も影響しているが、日本人でなければ昇進や待遇などで頭打ちになることが分かっているからだ。」 米国駐在する商社幹部は嘆く。

 「唯一の財産は人。」 こう言ってはばからない商社業界だからこそ、外国人や女性でも登用されるキャリアコースを示してくれる人材を集める必要がある。

 また、こうした人材が国内外で存分に活躍するためにも、東京に一極集中した権限の分散も必要だ。世界経済が目まぐるしく変動する中で、各地、各人の対応力や機動力を高めるための分権化も重要な条件となる。

 国内では、好業績を背景に学生の就職人気ランキングで上位の常連となっているが、
「 語学力など勉強はできる “お利口さん” はかり集まる。 」 と嘆く商社トップは多い。

 三菱商事の小林健社長は、最近の若手社員が商社の華やかな面ばかりに目を向けることに戸惑いを隠さない。

 「 坊ちゃん面していては10万円の商品一つだって売れない。それでは通じない。 」
と断ずる。業績が苦しかった時代を経験していない年代の社員に、泥臭い営業こそが商社本来の強みであることをどう認識させるか。

 “ 商社の基軸は母国にあり ” 

 資源バブルの狂乱から覚めた今、商社は1つの地域を見直しはじめた。それは、他でもなく日本だ。国内産業との関係再構築こそ、商社が冬の時代を回避する最後の条件となるからだ。

 宮城県石巻市。東北最大の造船会社、ヤマニシの本社工場で、2013年2月22日、東日本大震災後に初受注した貨物船 「うりずん」 の進水式がにぎにぎしく開かれた。

 「 復旧は無理かもしれない 」 
震災発生当初、ヤマニシの前田英比古社長の脳裏には、この思いがよぎった。幸い、従業員には被害がなかったものの、津波によって造船所の主な設備は壊滅した。

 復旧費用を見積もったところ、総額100億円に上る。国の補助金や地元銀行からの融資をとりつけるため、前田社長は奔走し続けた。

 苦難の末に集めた80億円の資金。調達先は政府系組織や地銀が大半を占める中、異色の出し手がいた。三菱商事復興支援財団。三菱商事が100億円の基金を元手に昨年に設立した。ヤマニシは雇用波及効果が大きい造船業界にあって、中小型船の建造に強い。

 それだけに、同社の復活は、震災からの経済復興の大きな旗印になるとの判断で融資を決めた。

 三菱商事に限らず、日本見直しの動きは全商社に共通する。それはボランティアや社会貢献だけに収まるものではない。三井物産も2011年6月に新組織 「 国内事業推進室 」 を立ち上げた。被災地に限らず、全国で農産物の輸出や中小企業の海外進出支援などに着手している。

 長引く低迷にあえぐ日本の産業界が、震災による大打撃を受けたことで、商社のトップには強い危機意識が芽生えはじめた。 「 総合商社の基軸は母国にある 」 との意識があるからだ。衰退をたどった英国の商社がその警鐘を鳴らしている。

 東インド会社に始まり、かつて世界の海を席巻した英国の商社、ジャーディン・マセソンやロンローなどは、長らく海上貿易で覇権を握った。だが、第2次世界大戦後に国内産業が衰退。英国商社は基軸を失う中で、いたずらに多角化と国際化を推し進め、その失敗によって1960年代以降に次々と姿を消していった。

 現存する大手商社は数少なく、その間に独自の進化をとげた日本の総合商社と事業規模は比べものにならないほど差がついた。

 基軸をなくしたがゆえに英国商社が衰退した末路は、日本の商社にとって半面教師となる。自国の産業界が競争力を失っては、商社は主要な顧客基盤を損なうことになる。基軸を失い、“ 根無し草 ”になる恐怖が、震災を機に再認識されつつある。

 半世紀にわたって存在意義を問われ続けてきた商社は、資源バブルで驚異的な業績改善を果たした。だが、商社が日本の企業社会で求められているのはそれだけではない。

 利益の追求そのものは悪でないにしても、目の前で自らの基軸が揺らぐ中、宴に酔うばかりでは、いずれ自分に跳ね返ってくる。日本を見直すことで、パートナーである日本の産業界とともにグローバルでの成長を目指す。

 そのためにも、資源に頼らない安定的な経営基盤と、それを生み出す強力な人材を磨き続ける挑戦が、商社には求められる。

 ( つづく ) 

( 引用: 日経ビジネス ) 




 
posted by ヒデキ at 18:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 商社の不思議 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月14日

ポスト資源高の総合商社 D 

 資源高の追い風が弱まり、好業績が続いた総合商社が転換期を迎えている。資源投資ラッシュは2012年までに一服。代わって食料など非資源分野で世界ブランドを取り込もうとする巨額買収が相次ぐ。

 資源価格の高騰という 「怪物」 は、巨万の富をもたらす裏側で、いつしか商社の根幹をむしばんでいた。失われつつある現場感覚、牙を抜かれる人材。だぼはぜのようにどん欲に商いを求める商社マンは、もはや過去の遺物なのか。商社がいどむ未来を追う。

 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 

脱・資源依存への条件

 蓄えた資金・人材を活用し、非資源の新事業を開拓し始めた総合商社。ポスト資源高バブルが 「 冬の時代 」 にならないために何をすべきか。柔軟な投資基準、モノカルチャーからの脱却と、やることは山積している。

資源バブルの副作用に危うさを感じた商社は、現場への回帰や新たな成長分野への挑戦に動きはじめた。問題はこれを継続的なものにできるかどうかだ。

総合商社はいずれも 「非資源分野の強化」 を掲げる。それが冬の時代の再来を回避し、安定成長に向かうカギとなるが、距離をもたらした資源に匹敵する事業を開拓するのは容易ではない。新たな分野を手の内に入れるには、時間と手間がかかる。

そんな非資源の強化に不可欠なのは、経営トップによる明確な意思だ。そのスタンスを強調し続けてきたのが伊藤忠商事の岡藤正広社長だろう。

 「 我々が力を入れるのは非資源だ。 」 
 「 一朝一夕には伸びず、努力が必要だが、その分安定した収益になる。」
常々、社内外でこう口にしてきた。

 2012年には青果世界最大手のドール・フード・カンパニーのアジア青果事業と加工食品事業の買収を決めた。買収金額は1,330億円と、資源部門を除いた同社の投資額としては、過去最大の規模である。

 2013年4月には、新会社を設立し、事業を開始。初年度から70億〜80億円の利益貢献を見込む。新会社には本社の執行役員や本部長クラスなど、そうそうたる面々を送り込み陣容を固める。

 同時に本社内に食料や繊維など複数の営業部門、財務といった管理部門からエース級人材を集めた新組織を設立する。狙いは、消費者にも認知度が高い 「ドール」 ブランドを利用した新たな事業計画にある。

 買収の直接の担当は食料部門だが、ブランドビジネスには縁遠い。そこで多数のアパレルブランドを運営してきた繊維部門の力を借りるなど、全社の総力を結集する。

「単に今のドールのビジネスを拡大するだけに終わらせるつもりはない」

買収劇の中心を担った生鮮・食材部門の山村裕部門長代行がこう言い切るように、ドール買収は伊藤忠にとって非資源を徹底的に育てるという岡藤社長の意思表示である。

 「冬の時代」 を回避するために必要な非資源事業の育成。そのポイントはもう1つある。投資基準の見直しだ。1990年代、仲介取引主体の業態から事業投資モデルに転換した商社にとって、投資基準は絶対的な社内ルールとされてきた。

投資案件ごとのリスクや、そこから得る配当・収益を定量評価するもので、社内に規律をもたらした。
「昔からのつきあいがあるから。」 「取引継続のために、相手の株を持つべき」
といったあいまいな根拠で投資を決めてきた悪弊を断ち切った。

 無駄な投資が減り、財務体質は劇的に改善した。

 その恩恵を受けたのが他でもない資源ビジネスだった。資源価格が右肩上がりに伸びたことで、簡単に投資基準をクリアする案件が増え、商社による権益取得が後押しされてきた。

 しかし、元手には限りがある。結果として設けやすい資源にカネが流れる一方、それ以外の部門からは
「多少のリスクがあっても、中長期的に伸びる分野への投資ができない」 と不満の声が上がるようになった。

 “投資基準の見直し相次ぐ”

 厳格なリターンを求める投資基準は不採算事業から撤退するリストラの時代には効果を発揮したが、成長のタネをまく段階に進んだ商社にとっては、弊害も指摘されるようになった。

 計算できる事業にばかり目が向けば、大化けする可能性があると思っても定量化しにくい事業には挑戦しにくくなる。

 新ビジネスは挑戦を奨励する中から生まれるもの。次に挙げる事例もそうした一つだ。

 2011年、住友商事ではルーマニアの農薬販売大手アルチェドの買収を巡って議論が紛糾していた。
「3,500戸もの農家への与信管理をどうするつもりなのか」

 住商はルーマニアで細々とビジネスをしてきたが、 数社の販売代理店に農薬などを卸すだけだった。それがアルチェドを買収すると顧客基盤は3,500軒の中規模農家に広がり、最終顧客である農家に直接手が届くようになる。

 半面、管理の負担増や貸倒れを懸念する声が上がった。

 住商の農薬販売チームには家の資金繰りさえ改善すれば、肥沃な黒土地帯が広がるルーマニアには巨大な成長余力があるとの確信があった。元来、資金力の弱かったところに、冷戦崩壊による民主化で国家主導の
農業振興が挫。そのため生産性は西欧先進国の3分の1に落ち込んでいた。

 買収によって金融機能を提供できれば、事業は一気に拡大すると踏んでいた。
社内の反対論に対し、 「事業が失敗した時、企業は逃げるが、農家は絶対に土地を投げ出さない。」 と主張した買収チームを全面支援したのが、当時、この部門の財務担当役員だった現在の中村邦晴社長だ。

 買収後1年、予想以上の成果が出た。資金繰りが改善した農家は、農薬や肥料の投与を増やし、アルチェドは前年比3割の増収増益を達成した。定量面のリスク管理を超えた部分に、新たなモデルのタネが眠っていたわけだ。

 ( つづく )
posted by ヒデキ at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 商社の不思議 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月07日

ポスト資源高の総合商社 C

 資源高の追い風が弱まり、好業績が続いた総合商社が転換期を迎えている。資源投資ラッシュは2012年までに一服。代わって食料など非資源分野で世界ブランドを取り込もうとする巨額買収が相次ぐ。

 資源価格の高騰という 「怪物」 は、巨万の富をもたらす裏側で、いつしか商社の根幹をむしばんでいた。失われつつある現場感覚、牙を抜かれる人材。だぼはぜのようにどん欲に商いを求める商社マンは、もはや過去の遺物なのか。商社がいどむ未来を追う。

 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 

「 現場感 」 取り戻すため本部移転

もちろんバブルの崩壊は、資源ビジネスの終わりを意味するものではない。中長期的には成長を続ける世界経済を背景に、資源需要は増えていく。日本への安定供給を考えても、商社がそこから手を引くことは考えにくい。しかし、過度な熱狂を経験したことで、資源ビジネスとの新たな付き合い方が必要になる。

宴の終わりを迎えた商社は、模索を始めた。

「Project RtM」 。三菱商事社内でこう名づけた計画が浮上したのは2012年初めのこと。資源 (Resource) と市場 (Market) とをより強固に結びつけるため、販売機能を強化する。同時に失われつつある 「現場感」 を取り戻す。それがプロジェクトの狙いだ。

その答えは、金属資源の販売本部機能を日本からシンガポールに移管するというものだ。4月1日付で現地に販売会社を設立し、坪沼・鉄鋼原料本部長自らがCEO (最高経営責任者) として常駐する。本部長クラスが海外を本拠地とするのは三菱商事としては初。

現場に選んだシンガポールには、顧客である日本などの大手製造業の購買部門や金融機関のトレーディング部門、資源メジャーのアジア本社が軒を連ねる。いわば、最大市場のアジアの中でも、川上から川下まであらゆる情報が渦巻く世界だ。

 最前線の動きをつかむには最適の土地だと言える。

それでも、社内には 「海外にいて本部長が務まるのか」 との異論もあった。東京本社に意思決定機能を集中させてきたのが商社の常識だったからだ。

 だが、坪沼本部長は 「マーケットを肌で感じる機械が減ってしまったことが問題。販売における洞察力がなくては、権益への投資を掘り下げることも難しくなる。販売と投資は両輪の関係にある。

 生の情報を取り、地味でも販売で1億円を稼ぐ体質を取り戻すことが、今やるべきこと。 」 と言い切る。

市況が良ければ座っていても1,000億円規模の利益をたたき出す権益ビジネスに安住すれば、取り返しのつかない事態になるとの危機感がある。

  “ 投資基準は 「不確実」 であること”

 三菱商事だけではない。大手商社で利益に占める資源比率が最も高い三井物産も、同様に資源ビジネス依存からの脱却のために新たな手を打った。

 「 今の制度を変えることができないのならば、降りさせてもらいます。 」 

 2012年春、基礎化学品本部で投資戦略などを担当する次長だった高荷英巳氏は、こう飯島彰己社長に詰め寄った。新規ビジネスを発掘・育成するための大型組織改正を控え、その事務局トップへの就任を命じられていた高荷氏だったが、生半可な取り組みでは失敗に終わると感じていた。

過去に同様の仕掛けはあったが、いずれもパッとしないまま終わった。理由は既存の枠組みの延長線上で、次世代のビジネスを作ろうとしたからだ。

 社長への直談判の結果、2012年4月に異例の新組織 「イノベーション推進委員会」 を生み出すことになる。

 毎年200億円の投融資枠を獲得したうえで、これまでの社内基準をみたさないようなビジネスに資金を投下させるようにしたのが特徴だ。新たな投資基準は、

@ 収益の柱になる事業性があること
A 特定の市場で重要なニーズがあること。
B 予測困難な不確実要因があえて存在すること。 
の3点とした。

従来は新たな投資に踏み切る場合、リスクを定量分析したうえで参入し、3年連続で赤字が続けば原則撤退しなければならなかった。この厳格な投資基準こそが商社の投資効率を上げ、資源バブルと相まって業績拡大に寄与してきた。

 ところが、新組織が対象にするのはこうした基準から外れたもので、 「不確実性が存在する」 という条件までついている。いわば治外法権を作る仕掛けを組み込んだのだ。

 「失敗するかもしれないが、あえて物議をかもす。そこに次なる活路を見いだす。」 と高荷氏は語る。

 2013年2月には第1号となる投資案件をまとめた。米国のベンチャー、ソラザイムに4年間で18億円の研究開発資金を投じる。次世代の燃料・原料として期待される藻で高機能油脂材料を開発する計画だ。

 「商社には技術や知識を世の中に出す展開力や広がりがある。」 として、社内の化学品営業部隊と連携し、事業領域を広げる構想を描く。

 資源バブルという、かりそめの夏は終わった。夏の終わりは厳しい冬の再来を意味するのか。ふたたび自らの変化によって、この危機を乗り越えるのか。

 “成長産業を自ら作る”

 脱・資源経営を目指す中、商社の新たな事業構築がはじまった。資源依存度の最も高い三井物産が、世界に病院を作ろうとしている。最前線に身を投じ、小さな成長を拾い集める商社の原点に立ち戻れるのか。

◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 
 
  ベルボーイの案内する扉の向こう側は、柔らかなアロマの香りに包まれていた。最上階のペントハウスには、木目調の壁に、豪箸な調度品で囲まれたスイートルームが現れる。

シンガポールの一等地で2012年夏に開業したこの施設の名は 「マウントエリザベスノビーナ病院」。一泊100万円近い最上級のスイートルームを擁すこの医療施設は、シンガポールでも最新鋭・最高級で、各国の国家元首クラスの要人もお忍びで通院する。

 日本では、こうした富裕層やVIPの受け入れに特化した施設はほとんどない。しかし海外の病院事情は違う。
そこに目を付けて新事業領域に取り込んだのが三井物産だ。

 「ここで病院事業のプラットフォームを作る」 同社からシンガポールに派遣された齋藤武氏はこう意気込む。現在はノビーナ病院の運営会社で経営企画担当のバイス・プレジデントを務めている。三井物産は2011年5月、この病院運営会社を中核企業とするIHHヘルスケアに900億円を投じて資本参加した。

 ここの病院ビジネスは日本とはスケールが違う。世界10の国と地域で病院事業を展開するアジア最大の民間病院グループで、昨年にはトルコの病院最大手も買収した。

 グローバルでの実績があるだけに新たな商機も次々と舞い込む。 「我が国にも病院を建てて経営してほしい」 。齋藤氏の元にはこうした問い合わせが各国の政府関係者から頻繁に寄せられる。

 採算はどうか? 意思は確保できるのか? 医療制度はどうなのか? 国が違えば検討すべき点は山積する。海外で病院を経営する難しさは、国内の比ではない。

 「商社に病院経営などできるのか?」
 と辛らつな世評にも屈することなく、齋藤氏は語る。

 「日本から出てわかったのは、世界では医療が不足しているということ。そして、商社にはいろいろと出来ることがあるということです。」

 シンガポールに日本の医療技術を呼び込めば、IHHグループの医療水準を高めるとともに、世界中に日本の医療技術を知らしめることができる。そのために三井物産が仲介役となり、事業の創出をするのである。

 最前線の現場に身を投じ、たとえ小さくても新たな飯のタネを見つけ出して積み重ねる。それは、時代とともに事業モデルが変転しても、変わることのない商社の真理だろう。

 資源部門への依存度が最も高い三井物産が、活路を見い出そうとするように、商社はその原点に立ち返ろうとしている。

( 引用: 日経ビジネス ) 


posted by ヒデキ at 20:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 商社の不思議 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月31日

ポスト資源高の総合商社 B 

 資源高の追い風が弱まり、好業績が続いた総合商社が転換期を迎えている。資源投資ラッシュは2012年までに一服。代わって食料など非資源分野で世界ブランドを取り込もうとする巨額買収が相次ぐ。

 資源価格の高騰という 「怪物」 は、巨万の富をもたらす裏側で、いつしか商社の根幹をむしばんでいた。失われつつある現場感覚、牙を抜かれる人材。だぼはぜのようにどん欲に商いを求める商社マンは、もはや過去の遺物なのか。商社がいどむ未来を追う。

 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 

 「 かつての我々であれば、マスメディアに載る情報の、裏の裏まで知っていた。しかし、現在は業界紙を読んで初めて得る情報すらある。 」 

 三菱商事でこの10年、同社の急速な利益成長を牽引してきた鉄鋼原料本部、坪沼宣幸・本部長はこう苦虫をかみつぶす。

 商社にとって新たなビジネスを勝ち取るための最大の武器は情報である。顧客企業、国や地方政府、ライバル企業など、あらゆる関係者の意向や動きを素早く察知することが死命を制する。

 かつてその情報収集は日本政府をしのぐと言われた。業界紙ではじめて情報を得るなど、昔を知る商社マンとしてはあるまじき事態だ。坪沼本部長の 「反省の弁」 の裏側には総合商社の存在意義をゆるがしかねないとの強烈な危機意識がある。

 なぜこのような事態になったのか。商社に巨額の利益をもたらした資源ブームが一員だ。

 かつて 「商社斜陽論」 「冬の時代」 「不要論」 など、産業界における存在意義を問われ続けてきた商社は、この10年余りで驚異的な利益を上げる企業に生まれ変わった。

 大手各社の連結純利益は1ケタ上がり、1,000億円単位となった。原動力となったのが、鉄鉱石や石炭、非鉄金属、原油、天然ガスなどの資源ビジネスだ。

 世界各地の鉱山事業に出資し、そこから上がってくる配当を受け取る。実際の運営はもっぱら欧米の資源メジャーが担うが、出資によってひとたび権益が手に入れれば、商社は資源価格の上昇に見合う利益配当が見込める。

 1990年代、低調な資源相場と円高を背景に大手商社は海外の資源権益を割安に取得していた。それが2000年代前半から望外の果実をもたらすこととなる。

 中国が 「世界の工場」 として台頭し、粗鋼生産量を毎年1億トンのペースで増産し続けるなど資源需要は急拡大。相場は鋭角的に上昇した。

 この資源バブルによって、商社は莫大な額の利益とキャッシュフローを生み出していく。そして2012年3月期には、大手5社中4社が過去最高益を計上し、5社の連結純利益の合計額は1兆6,000億円にも上った。

 ところが、この “金のなる木” が商社を蝕んでいるのではないか。そんな静かな不安が商社に広がっている。

 客先を駈けずり回って泥臭い交渉を重ね、商売を積み重ねてきたのがかつての商社。一方、権益という名の資産が巨大な利益とキャッシュフローをもたらす資源ビジネスは、そうした 「 自らの手で稼ぐ 」 という現場感覚を鈍らせかねない。

 「 俺はこんなにボーナスをもらっていいのだろうか。 」 ある20代の若手商社マンはこうつぶやいた。所属する部門は資源分野ではなく、さほど稼いでもいない。資源による多額の利益も、20年前の先人の投資が結実したもの。

 それでも会社の業績が反映されるボーナスは、自らの稼ぎと関係なく増え続ける。最近では1度に100万円単位のボーナスをもらうのが普通になった。

 だが、それも長く続かないかもしれない。資源市況がこの1年で転機を迎えているからだ。

  “ 掘れば売れる時代は終わった”

「 まだ利益が出ていないぞ 」 2013年2月1日、三菱商事の公表した2012年10月〜12月期の連結決算を受け、株式市場に動揺が広がった。決算内容が明らかになると、同社の株価は一時4%近く急落した。

 その原因は、主力の資源子会社・三菱デベロップメント (MDP、豪州) の同期間の最終損益が19億円の赤字に終わったことだ。

 資源大手の豪英BHPビリトンとの製鉄用原料炭の合弁生産事業など、優良な資源権益を保有するMDPは、三菱商事にとって虎の子とも言える存在だ。2009年3月期には1,900億円強と連結純利益のおよそ半分を生み出した稼ぎ頭だ。

 今回の決算での注目点はそのMDPだった。2011年末から豪州で続いた歴史的な長雨で主力の炭鉱が被害を受け、さらに炭鉱労働者のストライキも相次いでいた。そうしたマイナス要因をはねかえして、2012年10−12月期決算には黒字転換するだろう。

 ふたを開けてみると赤字が継続していたのだ。資材、機材費や人件費といったコスト上昇に加え、長引く市況悪化が収益を圧迫していたことが明らかになった。

 2011年初夏に1トンあたり330ドルという歴史的高値をつけ、膨大な利益をもたらした原料炭事業。そんなバブルは過ぎ去り、直近の価格は170ドル前後と半値になった。

 30年前に50ドル程度だったことを考えると決して安くはないが、採掘コストの上昇が採算を悪化させている。 “掘れば売れる” と言われた時代は過ぎ去ったのだ。

BHPビリトンや英豪リオ・ティントなど世界の資源市場を牛耳るメジャーたちも業績悪化にあえぐ。そして大手商社も丸紅をのぞく4社が2013年3月期は最終減益となる見通しだ。

 商社の好業績を支えた資源バブルの崩壊、その狂想曲の中で踊ったがゆえに失われつつある現場力。過去、何度も訪れた危機を乗り越えてきた商社の経営は、また大きな岐路に立たされている。

 いかにこの資源という怪物と向き合うか。そして、資源ビジネスの先に、新たな成長の柱を見出すことができるのか。

 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 

 総合商社の概要

 三菱商事

 従業員数 5,796人
 連結対象会社数 594
 総資産額 12兆5,885億円
 連結純利益 4,538億円

 重点分野 石炭や天然ガスなど資源分野で優良資産を保有。非資源でもローソンや日本ケンタッキー・フライド・チキンなど、川上から川下まで事業を展開。

利益構成 エネルギー 27%、金属 38%、機械 12%、化学品8%、生活産業12%、新産業金融 3% (資源比率は65%)

 三井物産

 従業員数 6,172人
 連結対象会社数 413
 総資産額 9兆118億円
 連結純利益 4,344億円

 重点分野 ブラジルの資源大手ヴァーレに出資するなど、鉄鉱石や天然ガスといった資源部門が強い。海外で病院や大規模農業にも参入している。

利益構成 エネルギー 39%、金属資源 50%、機械・インフラ 4%、化学品 4%、生活産業 3% (資源比率は89%)

 伊藤忠商事

 従業員数 4,255人
 連結対象会社数 366
 総資産額 6兆5,072億円
 連結純利益 3,005億円

 重点分野 国内外での繊維、アジアにおける食料・食品分野に強み。直近では米ドール・フード・カンパニーのアジア事業などを買収。

利益構成 金属・エネルギー 53%、繊維 8%、機械・情報 12%、生活資材・化学品 11%、食料 14%、建設・不動産 1%、金融・保険・物流 1% 
(資源比率 53%)

 住友商事

 従業員数 5,185人
 連結対象会社数 790
 総資産額 7兆2,267億円
 連結純利益 2,506億円

 重点分野 メディア・ライフスタイル部門に強み。ジュピターテレコムをKDDIと共同運営することで合意したほか、新興国でもメディア関連事業を展開。

利益構成
資源・化学品 34%、金属 6%、輸送機・建機 11%、インフラ 4%、メディア・ライフスタイル 11%、生活産業・建設不動産 7%、新産業・機能推進 6%、国内支店 2%、海外 19% ( 資源比率は33% )

 丸紅

 従業員数 4,074人
 連結対象会社数 430
 総資産額 5兆1,298億円
 連結純利益 1,721億円

 重点分野 電力インフラや食料分野へ重点投資。食料では穀物取引大手の米ガビロンを買収することで合意。資源部門への投資へも積極姿勢。

利益構成
エネルギー・金属 51%、機械 24%、素材 5%、生活産業 11%、海外 9%
( 資源比率は51% )

( 引用: 日経ビジネス ) 


posted by ヒデキ at 13:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 商社の不思議 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月21日

ポスト資源高の総合商社 A

 資源高の追い風が弱まり、好業績が続いた総合商社が転換期を迎えている。資源投資ラッシュは2012年までに一服。代わって食料など非資源分野で世界ブランドを取り込もうとする巨額買収が相次ぐ。

 資源価格の高騰という 「怪物」 は、巨万の富をもたらす裏側で、いつしか商社の根幹をむしばんでいた。失われつつある現場感覚、牙を抜かれる人材。だぼはぜのようにどん欲に商いを求める商社マンは、もはや過去の遺物なのか。商社がいどむ未来を追う。

 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 

 「ミツイ・オン・ザ・ムーン」。三井物産の高荷英己イノベーション推進室長は2012年9月、米カーネギー・メロン大教授の研究室で、スクリーンに映ったメッセージに面食らった。

 「月探査計画に200万ドル出資しないか」。クレーター内部の探査に情熱を注ぐ教授から唐突にこう誘われたのだ。

 米航空宇宙局 (NASA) では客員科学者の助言が常識を超えていた。
「火星手前の隕石 (いんせき) 群に眠るぼう大なプラチナを三井物産が取りに行けばいい。」
 
 次世代事業の創出を担う高荷氏らは欧米中心に約50の先端研究機関などを半年かけて訪問。米グーグルでは新事業担当副社長に 「グーグルの事業の本質がネット技術を使った困りごとの解決なら、われわれが様々な業界の案件を持ってくる」 と提携を持ちかけた。

 貿易取引から事業投資へビジネスの主軸を切り替え、幾度もの不要論を乗り越えてきた総合商社。大手5社合計の純利益は2012年3月期にピークに達した。だが、その後の資源価格下落では 「今後3年は減益傾向が続く」 との見方もある。

 各社は新たなビジネスや経営の形を真剣に模索し始めた。

 “グループ憲法”

 三菱商事が2012年9月に開いた社長室会では、2年越しで練り上げたグループの 「憲法」 が承認された。合わせて70ページを超す 「企業運営の基本ポリシー」 と具体的な運用ガイドライン。経営理念から人事、経理・財務、 ITなどの諸制度、業務ノウハウまで共有すべき内容を網羅する。

 投資拡大で1,200社に膨らんだ関連会社を本社が直接経営するのはもはや不可能。本社は機能や権限を各部門に委譲し、各社が自立し連携し合える経営基盤づくりを進めてきた。

 ¬¬¬今後は憲法を使って価値観を共有し、 「個別最適の 『集合商社』化を防ぐ」 (三菱商事首脳)。

 組織力の再構築、なかでも人材戦略は各社共通の生命線だ。双日は2012年10月、 「CEO育成プログラム」 を始めた。各部門がエース社員を1人ずつ選抜し、関連会社の経営中枢に2年近く出向させる。出向先を出身部門以外に限ることで専門知識に限らない 「経営のプロを育てる」 (西原茂執行役員)。

 三井物産も 「道場人事」 と呼ぶ部門間の異動に積極的だ。主に資源部門が他部門の人材を受け入れ事業投資ノウハウを伝授している。

 食料本部でアジア戦略を担当する竹嶋大治氏は、金属資源本部で習得した出資先の管理手法を中国戦略などに生かす。

 住友商事は2012年8月、東京・銀座の研修センターに10人超の役員を集め、同社初の本格的な合宿会議に臨んだ。 「部門の壁を越えて会社の課題を抽出せよ」。会社のあり方をゼロベースで再考しようとする中村邦晴社長は本質論を求め、活発な議論にじっと耳を傾けた。

 三井物産も同時期に自由討議形式の経営会議を初めて開催。10年後の商社像を探る議論が熱を帯びる。

 三菱商事の社外取締役を務め、商社経営に詳しい一橋大学の伊藤邦雄教授は 
「経営人材の輩出力、海外の相手との交渉力、儲ける力は他産業に比べて断トツ」 と分析する。

 3つの力を振り絞り時代の商社モデルを創造できるか。経営者の腕の見せどころだ。

 ( 引用: 日本経済新聞 ) 

 【 日本の7大商社 世界に類を見ない最強のビジネスモデル 】


posted by ヒデキ at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 商社の不思議 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月20日

ポスト資源高の総合商社 @

 資源高の追い風が弱まり、好業績が続いた総合商社が転換期を迎えている。資源投資ラッシュは2012年までに一服。代わって食料など非資源分野で世界ブランドを取り込もうとする巨額買収が相次ぐ。

 資源価格の高騰という 「怪物」 は、巨万の富をもたらす裏側で、いつしか商社の根幹をむしばんでいた。失われつつある現場感覚、牙を抜かれる人材。だぼはぜのようにどん欲に商いを求める商社マンは、もはや過去の遺物なのか。商社がいどむ未来を追う。

 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 

 自らの未来像を探り、組織力を底上げする動きも加速する。世界に例のないコングロマリット ( 財閥、複合事業体 ) はどこに向かうのか。

 「 痛恨の敗退。スピード感が足りなかった。 」 丸紅の朝田照男社長がこう振り返るのは2012年6月の出来事だ。1,000億円規模の案件となった水メジャー、仏ヴェオリア・ウォーターの英国事業買収に名乗りを上げたが、最終的にファンド連合に奪われた。

 “ 5社の利益が3兆円 ”

 丸紅は2012年5月に米穀物大手ガビロンの買収 ( 約2,800億円 ) を決定。同社の看板を生かし穀物の巨人、米カーギルを追撃する態勢を整えたばかり。水処理などインフラ市場でも世界上位を狙う構想の一環だった。

 商社のビジネスは協力なブランドを持つ世界大手を傘下に収める新たな段階に入った格好だ。

 昨年までの資源高で、商社大手5社が2011年、2012年期決算で稼いだ純利益の合計は3兆円に迫り、低収益にあえいだ10年前の8倍超になった。歴史的な円高とあわせ 「 二度とない好機 」 (商社首脳) とみた各社は、まず資源エネルギー分野で巨額投資に乗り出した。

 三菱商事は2011年11月にチリの銅鉱山権益を取得。最終投資額は過去最大の約3,500億円で、 「 ( 世界シェア2位の ) 原料炭に続く資源分野の二本目の柱に据える 」 ( 衣川潤常務執行役員 )。

 北米のシェールガス権益も大手5社すべてが購入。合計投資額は1兆5,000億円を超える見込み。

 だが、2012年以降は 「世界経済は不透明。資源の大型投資は控える。」 (岡藤正広、伊藤忠商事社長) との慎重論が浮上。実際、中国の景気失速で鉄鉱石や原料炭の国際価格が急落した。

 2012年3月期の大手5社の純利益のうち、資源が占める比率は61%強。90%に達する三井物産や34%の住友商事は今も資源投資に力を入れるが、64%の三菱商事、50%前後の丸紅、伊藤忠は食料やインフラなどに投資をシフトしつつある。

 “ 現存のリスクも ”

 「強大なブランド力と90か国の販路をどう生かすか」  2012年9月に米青果物大手ドール・フード・カンパニーの食品加工・アジア事業を約1,300億円で買収することを決めた伊藤忠の東京本社。

 2025年に43億人に膨らむとされる新興国の中間層を狙ったビジネスプランづくりに熱が入る。

 豊田通商は2012年8月、アフリカ最大の自動車販売と医薬品卸の流通網を持つ仏商社を1,000億円超で子会社化することを決めた。 「流通網を生かせば家電や食品の世界大手との提携も夢ではない。」 と同社幹部は意気込む。

 大型投資に死角はないのか。三井物産はアジアの病院事業など非資源分野に過去6年で2兆円を投じたが、非資源の純利益は全体の1割にとどまる。

 持ち分法適用会社の投資分も含むのれん代は、伊藤忠が約5,900億円、住友商事は約4,000億円に達し、事業環境が悪化した場合の減損リスクも拡大している。

 資源から食料やインフラに重点を移しながら続く商社の巨額投資。世界ブランドをうまく切り盛りできるかどうかが成功のカギを握る。

 【 打って出なきゃ 商社だもの、三井物産元中部支部長 守山淳著 】


posted by ヒデキ at 19:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 商社の不思議 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月10日

商社の不思議 (12)

 商社の歴史は失敗の歴史 

 逆説的に言えば、先人たちがリスクを取り、失敗を積み重ねながらも、それを会社が克服してきたからこそ、今の商社の躍進があるともいえる。

 もともと商社は不安定な存在だった。60年代の高度成長期における 『 商社不要論 』 を初めに、商社ビジネスをめぐっては常に危機が叫ばれてきた。

 特に 『 商社冬の時代 』 と呼ばれた80年代は深刻だった。商社の収益源だった口銭料の引き下げが始まるなど、商社はずしが流行したからだ。

 旧来型ビジネスの転換を迫られた大手商社は、情報・通信事業が興隆した80年代後半に相次いで改革プランを打ち出している。

 そのいずれもが口銭ビジネス依存から脱却し、事業投資を軸とした収益構造への転換をうたっていた。その意味において、情報・通信事業は脱トレーディング、そして事業投資シフトの象徴でもあった。

 資源権益のように美田を残すことはなかったが、当時の余剰人員の受け皿となり、撤退時に収益を確保する教訓を残して、その後の発展の基礎を築いた。それは、価値あるトライアル・アンド・エラーだったことは間違いない。


 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 
 

 商社の歴史は失敗の歴史

 『 商社不要論 』 1961年 − メーカーが力をつけて独自の販売網を構築すると、商社の存在価値がなくなると言われた。

 『 商社買占め批判 』 1973年 − 商社が商品を買い占め、売り惜しみしているために物価高騰が起こったと批判された。

 『 商社冬の時代 』 1983年 − 日本経済の低成長、円高が80年代の前半につづき、採算の悪化したメーカーが商社の口銭料を引き下げたりした。

 『 商社不要論 』 1990年代 − IT革命で仲介業者の商社が不要とされ、商社の中抜きも進んだ

 商社の事件歴史

 <1970年代>
 安宅産業事件 − 10大商社の一角を占めた安宅産業の社運を賭けたカナダの石油精製プロジェクトがオイルショックで失敗。1,000億円超が焦げ付いて破たんした同社は77年、伊藤忠商事に吸収合併された。

 IJPC 問題 − 三井物産が主導していたイランと日本の石油化学開発プロジェクトがイラン・イラク戦争勃発でとん挫し、1兆円近い損失が出たとされる。

 ロッキード事件 − 米ロッキード社の旅客機受注をめぐる世界的汚職事件、同社が日本における販売代理店である丸紅を通じ、当時の田中角栄首相に5億円を渡したとされる。丸紅首脳が有罪判決を受けた。

 ダグラス・グラマン事件 − 日米間の戦闘機購入に絡んだ汚職事件。米グラマン社が日本の代理店だった日商岩井 (現:双日) を経由して、日本政府高官に不正融資をしたとされる。日商岩井の担当常務が投身自殺し、副社長らが外為法違反の容疑で逮捕された。

 <1980年代>

 カズノコ買い占め事件 − 三菱商事が水産商社の北商と組んでカズノコを買い占めたとされ、社会的に批判を浴びた。大量の在庫を抱えた北商は倒産し、三菱商事も多大な損失を被った。

 特金・ファントラブーム − 特定金銭信託、ファンドトラストの略でバブル期に流行した財テク。バブル崩壊で総合商社は数千億円規模の巨額損失を計上する羽目になった。

 <1990年代 >

 チャンドラ・アスリ問題 − 丸紅の不良債権問題の象徴。同社が出資したインドネシア最大の石油化学企業チャンドラ・アスリの経営が97年のアジア危機などによって悪化。融資などで7億ドル超の金融支援を行ったが、経営体質は改善できず、多額の損失計上が続いた。2005年位完全撤退。

 銅不正取引事件 − 住友商事の非鉄金属部長が投機的取引で出した損失を取り戻そうと、不正取引を続け、3,000億円近い損失を出した。

 <2000年代>

 幻の大型合併 − 日商岩井 (現・双日) が米巨大エネルギー大手エンロンとの提携交渉を極秘裏に進めていたが、調印直前にエンロンが破たん、結果的に日商岩井は命拾いした。

 メキシコ湾原油流出事故 − 
三井物産の子会社が参画していたメキシコ湾での深海油田開発で、過去最大規模の流出事故が発生。三井物産側は和解金として10億6,500万ドルの支払いを決めた。

金融・ファンドブーム − 住友商事がヘッジファンドに資金を出したり、三菱商事がアジアで金融機関の買収に動いたりしたが、その多くが失敗。撤退や大幅な規模縮小を余儀なくされた。 


posted by ヒデキ at 07:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 商社の不思議 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月19日

”総合商社” という産業区分は誤り

 21世紀の日本経済の機関車役は、通信産業、自動車産業、総合商社の3つです。
2012年の上場企業3,700社の半分を超える純利益が、この3つの産業から創出されています。

 また、日経新聞によると、2013年度の純利益も、この3つの産業が上場会社の半分以上を占める予想だそうです。

 ところが、日本の自動車産業と通信産業は世界からもよく理解され、株式市場でも評価されているにも拘らず、 ”ソーゴーショーシャ ” だけは、日本にしか無い稀有なビジネスモデルのため、残りの世界から全く評価されていないのが残念です。

 そもそも、日本の7大商社は、産業区分を ”総合商社” という一言でくくっているのは大いなる過ちではないでしょうか?
 
 業容を一つの側面(貿易会社) からしか捉えていないからです。

 外国人投資家からすると、 ”ソーゴーショーシャ、 What's that ? "  

 の一言だけで片付けられてしまい、幅広く活躍している業容が、全く理解されていないばかりか、投資対象にもなっていません。

 日本の商社株がビックリするほど安値圏に放置されたまま (配当利回りが3%〜4% ) なのは、PR努力が足りない 兼、産業区分が間違っているためだと思います。

 世界で日本にしかない稀有なビジネスモデル、総合商社を正確に表現するのであれば、 

 ” 貿易会社 兼 電力会社 兼 石油会社 兼 資源会社 兼 鉄鋼会社 兼 穀物商社 兼 鉄道会社 兼 航空宇宙会社 兼 機械商社 兼 アパレル会社 ” という長ったらしい産業区分を創らない限り、世界から理解されることはないでしょう。

 それほど ”総合商社 ” というのは奥の深い世界であり、僕が村上春樹の小説よりもはるかに興味をそそられる理由でもあります。


posted by ヒデキ at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 商社の不思議 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月09日

商社の不思議 (11)

 “花形の通信衛星も今は昔 残ったのは1グループのみ”

 CS事業では、大手商社がしのぎを削った。既得権益者がいなかったため、商社勢が入り乱れて商圏を競い合ったのだ。

 三菱商事を中核とする宇宙通信と、伊藤忠、三井物産、米ヒューズの3社連合の日本通信衛星が89年に衛星を打ち上げて事業を開始、激しい顧客争奪戦を繰り広げた。

  当時、CS(通信衛星)は鉄道にたとえられた。 
「 何を載せるのか、誰が乗るのかはわからないが、巨大インフラになるのは間違いない。これに乗り遅れれば情報・通信産業から脱落する 」 と各商社は見ていた。

 CS市場は、1兆円市場になるともいわれ、日商岩井(現:双日)、丸紅連合に住友商事が加わったサテライト・ジャパンも94年に事業開始予定で三つ巴の戦いが見込まれていた。

 だが、いざCSビジネスが立ち上がると、市場は暗雲に見舞われる。バブル崩壊が直撃したのだ。企業のCS需要は伸びず、衛星の稼働率は低下し、有力顧客であった番組提供会社は軒並み大赤字の苦境に陥ってしまう。

 そのため、93年には早くも日本通信衛星とサテライトジャパンが合併することで、過当競争を回避するほど、市場は冷え込んでいた。

 一方の宇宙通信も90年に2号機の打ち上げ失敗、さらには1号機の故障という不運に見舞われ、目玉事業に暗い影を落とした。

 2000年には宇宙通信とともに三菱商事が注力していた衛星放送 「 ディレクTV 」 が、日本通信衛星グループの 「 スカイパーフェクTV 」 に利用者を移行させ、事業を打ち切った。

 CSデジタル放送は開始からわずか4年で1社に集約された格好だ。その後、宇宙通信もまた2008年に日本通信衛星に吸収されてしまった。

 それでも、2000年にJSATを上場したことで、伊藤忠、三井物産、住友商事、日商岩井 ( 当時はアイ・ティ・エックス ) は50億〜70億円の売却益を得ていたし、 「スカイパーフェクTV」 は順調に成長した。

 ただ、結局のところCSビジネスもまた、当初描いたようなバラ色のものではなかった。

 「 木は育ったが森にならず 」 影薄まる情報・通信事業

 大手商社が陣取り合戦を展開したのが、3種の神器の3つ目、CATV事業だ。郵政省は93年までにそれまでの、経営主体は地元資本、営業区域は限定といった、CATVに課していた規制 ( 指導 ) を大幅に緩和、CATV事業の門戸を開いた。

 これを受け、商社が入り乱れて、既存CATV局の買収と新局開設の苛烈な競争を繰り広げたのだ。

 このCATV事業で先行したのが住商だった。83年にCATVプロジェクトチームを発足させ、93年時点で19局に出資していた。さらに同年に米CATV大手のTCIと提携し、買収戦略を加速した。

 これを追ったのが伊藤忠だ。91年に東芝と共同で5億ドルずつを米タイム・ワーナー (TW) に出資。共同設立したCATV会社、タイタスコミュニケーションズで住商を追い上げるはずだった。

 だが、財務内容が悪化していた伊藤忠は97年、総額2,000億円に及ぶ特損処理を行うリストラに着手する。

 98年以降に虎の子だったTW株をすべて売却、前出のタイタスは2000年に住商傘下のCATV運営会社、ジュピターテレコムに事実上のみこまれた。

 結局のところ、情報・通信分野で収益の柱に成長した事業は、住商のCATVだけだったといえる。

 90年代後半から2000年代にかけ、情報・通信事業は株式譲渡や上場による “収穫期” を迎えたことも確かにあった。しかし、CATVに続く目玉事業はなく、尻すぼみ感はぬぐえない。

 将来を担う花形事業としての熱気も今は昔。情報産業部門のセグメントで決算を公開する商社は減る一方だ。

 伊藤忠の通信事業部長やマルチメディア事業部長を務めた松本徹三・ソフトバンクモバイル特別顧問 (クアルコムジャパン社長を経て、ソフトバンクモバイル副社長などを歴任) は、 「 情報・通信産業では多くの木を植えたし、大木も育ったが、森にまでならなかった 」 と残念がる。

 ただ、新規参入と撤退を繰り返してきた商社にとって、事業の目論見が外れることはありふれた日常に過ぎない。それは情報・通信以外のビジネスにも当てはまる。

 古くは安宅産業事件にはじまり、丸紅首脳がロッキード事件、財テクに走り巨額損失を出した特金・ファントラブームなど、商社の歴史はまさに失敗の歴史なのだ。

 ( つづく ) 


posted by ヒデキ at 21:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 商社の不思議 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月03日

商社の不思議 (10)

“商社の活力の秘密”

新ビジネスに食らいつくエネルギーが商社の持ち味だ。商社では、新規参入と撤退が日常的に繰り広げられている。そのトライアル・アンド・エラーこそが活力を生んでいる。

 “ 商社の情報・通信ビジネス 花形産業 栄枯盛衰の25年史 ”

 かつて興隆を極めた情報・通信ビジネスは、商社にとって期待の星だった。口銭ビジネスから脱し、事業投資ビジネスへと転換する切り札の盛衰は、商社の活力と限界を体現している。

「情報・通信業界ではめまぐるしく技術革新と再編が進んでいった。」 三井物産の情報産業本部長として情報・通信事業を指揮した島田精一・現日本ユニシス特別顧問 ( 三井物産を経て、住宅金融支援機構理事長などを歴任 )は、当時をそう振り返った。

今から4半世紀前、商社は規制緩和による巨大市場出現にわいていた。当時は 「新電電」 「通信衛星 (CS)」 「ケーブルテレビ (CATV)」 が商社の情報・通信事業で三種の神器として持てはやされた。

特に注目を集めたのが新電電だ。1985年の通信自由化とNTT民営化直後、第二電電、日本テレコム、日本高速通信の地上系3社と、日本通信衛星、宇宙通信の衛星系2社が事業許可を受けた。

 翌年以降、東京通信ネットワークのような地域系電話をはじめ、日本高速通信 (ITJ) や国際デジタル通信 (IDC) などの国際電話、さらにはポケットベルや携帯電話の移動体通信、CATVを使った電話事業も続き、日本は通信自由化の熱気に包まれた。

そんな勃興する新市場に敏感に反応し、最も幅広く先行投資したのが商社だった。商社はすべての新会社に出資するダボハゼ商法を展開していた。

 当時の郵政省は事業主体として、既存のインフラを保有する企業、たとえば、東京電力やJRなどを認可したため、商社の出資比率は高くなかった。だが、こと国際電話においては、IDCは伊藤忠商事と英ケーブル・アンド・ワイヤレス (C&W)、ITJは大手商社5社が参加する商社主導の連合だった。

また、ツーカーセルラーや日本移動通信などの携帯電話各社、PHSのアステルにまで、大手商社各社は株主に名を連ねた。だが、結論を先に言えば、この新規事業で商社が主役を務めることは、ついぞなかった。

新電電や長距離、国際などの事業分野を超えた統合と、投資ファンドも加わった国際再編を経て、電話事業の新規参入者は携帯電話を含めていまやKDDIとソフトバンクの2グループに集約されてしまったのだ。

今、電話事業本体で商社の姿は見当たらない。

 前出の島田特別顧問は、 「 巨額のインフラ事業は当時の商社の体力を超えていた。また、それを担うにはサラリーマン社員では限界がある。」 と吐露。

 そのうえで、 「通信事業が孫正義・ソフトバンク社長、稲盛和夫・京セラ ( KDDI筆頭株主) 名誉会長という傑出した経営者によって、いわゆる2グループに集約したのは自然な流れだった。」 と当時の商社ビジネスの限界を指摘した。

電話事業で、商社が存在感を発揮できたのは、94年スタートの携帯電話端末の売り切りくらいだ。ただし、商社の電話事業は投資としては成功だった。

前出のITJは結局、 “身売り” したが、中核の商社3社は40億円前後の売却益を獲得したし、伊藤忠もITJの株式売却で約67億円の売却益を得た。

 これは、新電電や携帯電話も同様で、90年代半ばからの上場や業界再編において、商社は出資先から100億円単位の売却益を得る幸運に恵まれた。

( つづく )


posted by ヒデキ at 18:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 商社の不思議 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする