2019年12月29日

平成バブル期のスキー旅行 

スキー場 写真 .jpg

 − 松任谷由実 “ブリザード” 

年末年始の行楽シーズンを迎えるとかならずどこかで聞くこの音楽。
松任谷由実の “ブリザード” をYou Tubeで聞いて、平成バブル期のスキー旅行を思い出しました。
https://www.youtube.com/watch?v=ACXuTWyS1lc
テンション上がります!名曲です。

日本じゅうにお金があふれかえっていた1989年の平成バブル期は、日経平均株価が38,915円(今の1.7倍)と、株式時価総額が世界1位。不動産市場も最高値で、年収の10倍出さないと家も買えないくらいの超好景気でした。

車をもっていないシングル男子は女性から相手にされず、20代男子は皆、ローンをしてベンツやBMWを買って彼女をデートに誘っていた時代です。電車でデートに連れ出すようなボンビー男子は、女性から対象外にされていました。今からすれば想像もできないくらいに日本はリッチで、 “カネ余り大国” と世界中から呼ばれていました。

華々しいエレッセのスキーウェアに身をつつんだ女の子たちを助手席に乗せて、関越道や東北自動車道をこの曲聞きながらスキー場に向かいました。自動車保有率がめちゃくちゃ高かった時代でしたから、スキー場に向かう関越道など、6時間の渋滞とか、平気でありました。

朝の5時くらいに東京を出て、スキー場につくのは10時とか11時です。若者は、夏はサザンの “いとしのエリー” を聞きながら湘南へウィンドサーフィンをしに行き、冬はユーミンの曲を聴きながらスキー旅行に行く、(その間に六本木のディスコで踊る) というのが定番でしたから、夏も冬もめちゃくちゃ渋滞するのです(笑)。

当時は平均初婚年齢が男性28歳、女性26歳と若かったですから、女性が26歳を超えると、
「賞味期限を過ぎたクリスマスケーキ」と、非常に失礼な言い方で皮肉られていました。だから皆、20代が後半にさしかかると、必死で婚活していました。ある意味、健全な時代だったかもしれません。その方が出生率はあがります。

まだ携帯もEメールもSNSもない、アナログ時代でした。恋人にしたい人には、電話か手紙かFaxしか手段がありません。Faxで送ったら家族に見られてしまいますから、まあ電話か手紙のどちらかです。

ブログ執筆者の僕ですから、当然、長いラブレターを送りました(笑)。
「結婚したら、可愛い男の子たちを何人もつくって、日曜日の朝は、君の淹れてくれたコーヒーを飲みながら、坊やたちがリビングでミニカーやプラレールで無邪気にあそんでいるような、そんな平和な家庭をつくりたいんだ。」 とか、めちゃくちゃ情熱的なぶ厚いラブレターをガールフレンドに送っていました(笑)。熱血漢ですから、しょーがないです。

自宅に突然、ぶ厚いラブレターが届いたから、彼女たちもさぞかし、驚いたと思います。今ならストーカーですね!(笑)。

証券会社のOLや、外資系証券の高学歴梅林ギャル、じゃなくてバイリンガル女性を助手席にのせて、
「 僕が結婚する相手の女性には、あかちゃんをxx人産んでほしいんだ。」とか、いつも平気で言っていました。
今ならセクハラ発言ですね!(笑)

でも、バブル期は、 “ナンでもアリ!” の時代でした。コンプライアンスなどという言葉すら存在しない、おおらかな時代でした。お金が儲かれば、ナンでもアリの時代だったです。

金融系OLは、デートするときには、エルメスのスカーフなんぞを巻いて、広尾のイタリアンに土曜の13時過ぎに
現れて、 「ヒデキさん、ごめん!待ったでしょう。」 と、20分も相手をまたせたことを悪びる様子もみせず、いちばん高いコース料理を注文してくれました。。。超好景気ですから、女性も高飛車です!!
「自分はカモられていたんだ。」 と、気づいたのはずっと後のことです(笑)。

あれから30年、いっしょにスキー旅行に出かけた彼女たちも、今ではこの広い首都圏のどこかで、子育てを一生懸命にやっているでしょう。会う機会もありませんが、どこかで幸せな家庭をおくっていて欲しいと思います。
ユーミンの曲を聞くと、とても温かい気持ちになれます。



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posted by ヒデキ at 22:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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