2019年09月01日

瀬戸内海の旅 広島市・呉市

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 僕の仕事は旅人です。
 生命保険の営業で、北は北海道から西は広島まで(西限が伸びた!!)、多くの個人や法人のお客様と出会い、旅をするのが仕事です。

 大好きな映画、「男はつらいよ」 で出てくるフーテンの車寅次郎は、東京・葛飾を拠点にして全国を旅して歩きますが、あんな自由な生き方にあこがれます。。。

 広島市と呉市は、関東でいうと横浜と横須賀みたいな関係です。
横浜が大都市で、電車で30分くらい南下すると軍港の横須賀がある。
広島の中心から電車で40分くらい南下すると軍港の呉市がある。

 東日本にも西日本にも、おなじような街があるのですね。
横浜が海と丘陵地帯に囲まれた地形と同様、広島市も海と山に囲まれた地形で、似ています。

 僕が広島に行くのは3回目です。
初めて広島に行ったのは大学受験の時ですから18歳でした。
広島港からフェリーに乗って松山まで行き、愛媛大を受験しました。

 残念ながら大学受験は惨敗でしたが、高3のときに広島平和資料館(原爆資料館)や、瀬戸内海の穏やかな海を見たのが強烈な印象として残っています。

 生まれ故郷の浜松は、遠州灘の荒っぽい黒潮の海が打ち寄せます。海は荒っぽいというイメージがありましたが、広島や愛媛で見た瀬戸内海の穏やかさは海のイメージを変えてくれました。あまりの海の美しさに、「余生は瀬戸内海で過ごしたい。」と思ったほどです。

 西日本はいろいろ違います。まず、広島駅についたときに、
「蕎麦屋さんはありますか?」と、店員さんに聞いたところ、
「うどん屋はありますが、蕎麦屋さんはありません。」 と言われ、
あ!ここは西日本なんだと気づきました。

 麺類を出すのが東日本では“そば屋”ですが、西日本は“うどん屋”と云います。
その境目はどこかというと、静岡県の大井川を境にして、そば文化とうどん文化に分かれるそうです。

 たしかに浜松の実家(大井川の西側)では、蕎麦よりもうどんがたくさん出てきました。
 歴史上では東と西の境目は関ケ原(岐阜県)ですが、正確にどこが境目という基準はありません。

 電圧の500Wと600Wが東西で変わるのは静岡県の富士川ですから、静岡、愛知、岐阜あたりが東西の分かれ目でしょう。
 つぎに気づいたのがエスカレータの乗り方で、首都圏ではエスカレータの左側がたちどまる人、右側が追い越し車線。関西地方ではエスカレータの左側が追い越し車線で、右側が普通車線です。

 広島駅では、左側が立ち止まる人、右側が追い越し車線だったので、あ! ここは関東ルールかと思ったのですが、よく見ると、右側でも立ち止まっている人がいます。立ち止まっているからと言って、怒られる様子もありません。
 地方都市の良いところですね。

深々とした緑の山と、そのすぐ先に海の迫る広島で、心がゆったりしました。
posted by ヒデキ at 23:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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