2019年02月17日

ゴールドマン・サックス証券(1)

 新卒から外資系金融の世界に入った僕が、4社経験した中で最もエキサイティングで充実した日々を送ったのが、米系投資銀行のゴールドマン・サックス証券。都合6年在籍したが、今もその当時培ったスキルをめいっぱい活用している。

 外資系金融の頂点と言っても良い地位に立つゴールドマンに入ったのは2000年。一度は新卒採用でもぐりこもうとしたが、全く相手にされず、中途採用でリベンジを果たして入社した。

 思い起こせば1987年、まだバブル経済の黎明期に、僕は就職活動をしていた。三菱商事や三井物産などの商社に憧れ、しきりに門を叩いてはみたものの、僕には4月、5月のOB訪問もできないまま、4年生8月の就職協定解禁日まで待つしかなかった。

 そんな中、就職協定などお構いなしに採用試験を進めていた外資系銀行や証券の門を叩いて腕試しをした。
 競争倍率は高かったものの、スムーズに内定を取れたドイツ系銀行から内定をもらい、それまでの夢だった商社マンになることなど綺麗さっぱり忘れて、僕は翌年4月にドイツ系銀行の東京支店に入社した。

 それから時は流れ、結婚して家を新築し、子供も出来て30を過ぎた頃、ヘッドハンターからの引き抜きがかかり、当時拡張の一途をたどっていたゴールドマン・サックス証券の面接を受けることになった。

 ドイツ系銀行は、雇用こそ安定して長期間にわたって特段の落ち度がない限りは解雇される可能性は無かったが、派手な高収入を得る機会もまた無かった。

 人生一度きり。たとえ2年や3年でクビになる確率は高いとはいえ、自分の才能を信じて、極限まで可能性を試してみようと、34歳だった僕は思った。

 「ヒデキさんの上司になるミックさん(日本人です。念のため)は、来週海外出張から戻りますから、その時にまず一回目の面接をお願いします。」後に上司となるミックとの初の対面を果たすことになる電話が、秘書のIさんから掛かってきた。 僕は挑戦心に燃え、胸が高鳴った。

posted by ヒデキ at 12:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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