2015年01月30日

商社マンの仕事 “人は、才能という資源を持っている”

 “人は、才能という資源を持っている”

 松尾直明、伊藤忠商事 エネルギー・化学品カンパニー

 才能とはなんだろう。目の前の若き商社マンの話を聞きながらそう思った。誰にも負けないことは? と問いかけると、「どんな人とも対話ができること。相手を信じられること。フットワーク軽く人に会いに行けること。」 と答えた。

 それはとても素敵なことではあるけれど、言葉にしてしまうとふつうにも聞こえる。しかしそのマインドを持ち続ける舞台が、この国を背負って臨むタフな交渉の場だったらどうだろう?自分のことなど誰も信じてくれない途方もなくアウェイな開発途上国だったら? 

 それは紛れもなく才能と呼べるだろう。

 入社7年目。エネルギー部門、石油・LPガス貿易部に所属。石油のトレードを担当する。東日本大震災の後、原発が停止しsていることから、発電用の重油を電力会社に納入している。

 2年目のとき、語学と実務の研修を受けるためインドネシアに滞在した。初めての分野の仕事、文化や言語もわからない、しかも周囲は10年近いキャリアの持ち主ばかり。

 「25歳の自分は、誰からも信頼されなくて当たり前でしたね。」みんなが面倒がる翻訳の仕事や雑用を黙々と引き受け、食事の機会を重ねながら少しずつ関係を築いていった。やはり人と人とのつながりや信頼があってこそだ。

 辛かった経験が、この仕事の本質に気づかせてくれた。

 そして数年後、そのことを改めて実感することになる。ある大手石油会社に石油を販売するプロジェクト。相手とは付き合いも長い。良い関係を持ち続けるために、情報提供などあらゆる努力を惜しまなかった。

 しかし相手の社内事情により、別の商社も競合に加わることになった。予想外の出来事に動揺した。この仕事はなんとしても取らなくてはならない。既に購入した重油がタンクいっぱいに入っている状態だった。重圧のなか、「担当者に泣きつきたいような気持でした。」

 すると思いがけなく言葉が返ってきた。「がんばってくれた松尾さんから、最後は買いますから。」
うれしかった。 「その人には今でも恩義を感じています。紳士的で誰とでも対等に話をしてくれる方でした。」 信頼関係が結実した瞬間だった。

 大学時代から、海外で働きたいと思っていた。青年海外協力隊で、アフリカやフィリピンの農村へ。現地では野球のコーチもした。道具がないので、ゴムボールの手打ち野球だ。その時に感じた。先進国からの援助は一方通行で、関係は長く続かない。

 本当に発展するためにはビジネスをして、そこに住む人たちが儲かる仕組みがなくてはいけない。眠っている資源を開発することで雇用を生み、日本にも利益をもたらす。そんな仕事に就きたいと思った。伊藤忠商事に、決めた。

 2か月後、彼と再会すると、薬指に指輪が光っていた。シンガポール駐在が決まってすぐ、つき合っていた彼女にプロポーズしたという。「シンガポールでも子供たちに野球を教えたいんです。」と、笑った。

 ここでも、惜しげもなく才能を発揮するに違いない。

 日本の商社は面白い。伊藤忠商事は、私です。


posted by ヒデキ at 19:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 商社マンの仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

この記事へのトラックバック