2013年02月03日

商社の不思議 (10)

“商社の活力の秘密”

新ビジネスに食らいつくエネルギーが商社の持ち味だ。商社では、新規参入と撤退が日常的に繰り広げられている。そのトライアル・アンド・エラーこそが活力を生んでいる。

 “ 商社の情報・通信ビジネス 花形産業 栄枯盛衰の25年史 ”

 かつて興隆を極めた情報・通信ビジネスは、商社にとって期待の星だった。口銭ビジネスから脱し、事業投資ビジネスへと転換する切り札の盛衰は、商社の活力と限界を体現している。

「情報・通信業界ではめまぐるしく技術革新と再編が進んでいった。」 三井物産の情報産業本部長として情報・通信事業を指揮した島田精一・現日本ユニシス特別顧問 ( 三井物産を経て、住宅金融支援機構理事長などを歴任 )は、当時をそう振り返った。

今から4半世紀前、商社は規制緩和による巨大市場出現にわいていた。当時は 「新電電」 「通信衛星 (CS)」 「ケーブルテレビ (CATV)」 が商社の情報・通信事業で三種の神器として持てはやされた。

特に注目を集めたのが新電電だ。1985年の通信自由化とNTT民営化直後、第二電電、日本テレコム、日本高速通信の地上系3社と、日本通信衛星、宇宙通信の衛星系2社が事業許可を受けた。

 翌年以降、東京通信ネットワークのような地域系電話をはじめ、日本高速通信 (ITJ) や国際デジタル通信 (IDC) などの国際電話、さらにはポケットベルや携帯電話の移動体通信、CATVを使った電話事業も続き、日本は通信自由化の熱気に包まれた。

そんな勃興する新市場に敏感に反応し、最も幅広く先行投資したのが商社だった。商社はすべての新会社に出資するダボハゼ商法を展開していた。

 当時の郵政省は事業主体として、既存のインフラを保有する企業、たとえば、東京電力やJRなどを認可したため、商社の出資比率は高くなかった。だが、こと国際電話においては、IDCは伊藤忠商事と英ケーブル・アンド・ワイヤレス (C&W)、ITJは大手商社5社が参加する商社主導の連合だった。

また、ツーカーセルラーや日本移動通信などの携帯電話各社、PHSのアステルにまで、大手商社各社は株主に名を連ねた。だが、結論を先に言えば、この新規事業で商社が主役を務めることは、ついぞなかった。

新電電や長距離、国際などの事業分野を超えた統合と、投資ファンドも加わった国際再編を経て、電話事業の新規参入者は携帯電話を含めていまやKDDIとソフトバンクの2グループに集約されてしまったのだ。

今、電話事業本体で商社の姿は見当たらない。

 前出の島田特別顧問は、 「 巨額のインフラ事業は当時の商社の体力を超えていた。また、それを担うにはサラリーマン社員では限界がある。」 と吐露。

 そのうえで、 「通信事業が孫正義・ソフトバンク社長、稲盛和夫・京セラ ( KDDI筆頭株主) 名誉会長という傑出した経営者によって、いわゆる2グループに集約したのは自然な流れだった。」 と当時の商社ビジネスの限界を指摘した。

電話事業で、商社が存在感を発揮できたのは、94年スタートの携帯電話端末の売り切りくらいだ。ただし、商社の電話事業は投資としては成功だった。

前出のITJは結局、 “身売り” したが、中核の商社3社は40億円前後の売却益を獲得したし、伊藤忠もITJの株式売却で約67億円の売却益を得た。

 これは、新電電や携帯電話も同様で、90年代半ばからの上場や業界再編において、商社は出資先から100億円単位の売却益を得る幸運に恵まれた。

( つづく )


posted by ヒデキ at 18:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 商社の不思議 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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