2013年11月09日

商社マンの仕事 − 世界級ランカーのくず鉄トレーダー (3)

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 ナンさんには、このほかいろいろ教わった。

 「 ええかマスイ、メーカーさんに行ったらな、事務所に行くな、まず構内歩け。工場を歩くんや。鉄くずヤード見せてもらいます言うて歩くんや。ええか、鉄くずヤードは工場の隅っこにあるんやで。

そこまで歩いていけば、工場のすべてが見れる。製品置き場は必ず見とけ、在庫が多いか少ないか、それで景気が分かる。在庫が増えたら注意しろ、売掛金、心配するんや。

鉄屑見たら頭下げろ、オマンマ食わせていただいておりますと、感謝せい。 」 

 わたしに 「 鉄屑の検品ならだれにも負けん、世界一や 」 と自信と自負を植え付けたのも、結局はこのナンさんだったのだ。

 「 ええかマスイ、鉄くずと男の勝負がしたいなら、大阪築港にいけ、毎日築港に通って、入荷してくる鉄屑と話してこい、鉄くずと話ができるようになったら、一人前や。 」 

大阪築港には、外国から輸入された鉄屑が陸揚げされる。

鉄屑との対話。同じようなことを大阪故鉄の上野さんからも聞いた。
大阪故鉄は、関西の鉄くず業者でも最大手の一つ。40年後の今日でも業界大手の地位は不動。創業者の矢追一族はすでに代替わりしているが、2代目がよく頑張り関西きっての老舗として栄えている。

ところで、この大阪故鉄の番頭兼経理を長年務めたのが上野さん。長年のつきあいだが彼のフルネームは知らない。鉄くず業界ではお互いを姓で呼ぶ。

上野さんは30代だったはずだが、駆け出しの私には随分の年長者に思えた。声はドスのきいた嗄れ声で、会話の中身も随分年をとった人の話ぶりだったが、その口の悪さは業界でも定評があった。

「 マッさんな、鉄くずと話ができる男がおるんやて、 “私はごらんの通り、米国はボストンから参りました” 言うてな。トン数もわかるんやて、鉄くずの山を見てな、見ただけで何千百万トンあると分かるんやて。

在庫表より、その男の目測のほうが正確なんやて。その男な、毎朝5時に起きて築港行ってな、船倉に下りてな、毎日鉄屑の山の上、歩いたんやて。鉄くずが話しかけてくるまでな。何年かかったか、ホンマの話かどうかも分からんけどな、それぐらい努力してみ、いうことちゃうか。 」 

「 南さんも鉄屑と話できるのやろか? 」 
「 ナンさんか、築港の船にも乗ったことないんとちゃうか、国内屑なら大したもんやろけど、輸入クズはど素人やろな、あいつな、横文字は嫌いよってな。 」 

それから私は、6時前には大阪築港に通った。朝早く、小さなランチ (小型艇) が沖に停泊中の船に出向く。夜荷役をした作業員たちを迎えに行き、交代の昼荷役の作業員を送り込む。

 この荷役の交代時間こそ、船の船倉に下りて輸入鉄屑の山の上を歩く唯一のチャンスだった。冬の凍えるような朝、軍手をして外船 (外国船) から下ろされたロープをつたって船に登る。

港の沖のブイに係留された外船は、船側が高くそびえ立っている。3回建てのビルの高さはあった。ロープには結び目がついていて、手が滑らないようにはなっているが、それこそ命がけだ。

ときには縄梯子がついた船もあった。地獄で仏とはこのことだ。この朝6時の外船詣でを毎日続けた。当時の住商はナンさんのおかげで国内屑には実績があったが、輸入屑、特にメインソースの米国屑の扱いは皆無に近い状態だった。私が見に行く鉄屑はほとんどが、三井物産、三菱商事、丸紅、日商岩井、それに阪和興業が輸入していた。

これが1年半ほど続いた。そのうち、じっとスクラップ、つまり鉄屑をにらんでいると、それが米国屑か豪州屑か、米屑でも東海岸、それもフィラデルフィアか、ニューヨークか、分かるようになってきた。

鉄屑が話しかけてくるのはともかく、鉄くずにも産地によって形状が違い、フィラデルフィアの鉄くずは全体に厚みがなくNo.1 (1級) とNo.2 (2級) とが混然としているとか、ロサンゼルスのは異物の混入は少ないが、軽量屑が特にパイプ類が多いとか、特徴があるのだ。

いまでも、鉄くずの山を見れば産地を当てることができる。これを私の神業という人もいるが、当時の築港経験のたまものだろう。鉄くずの山を見て、その数量を当てることでは、世界中で私の右に出るプロはいないと思う。こればかりは、結果がはっきり出る。ごまかしはきかない。

まず高く積み上げられた鉄屑の山を見てトン数を目測する。興味津々の部下たちは私が出した数字をメモする。それからその山全部を動かしてトラックで計量すれば結果が出る。

過去に何百回も試されたが、私の測定の正確さには、何かカンニングでもしたのではないかと専門家が疑う。この特技は、私が鉄クズビジネスの頂点に立つことができた原動力だと自負している。

 ( つづく ) 

 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 
増井重紀氏 − 住友商事を出発点に、世界最大の鉄くず産出国アメリカで企業経営を17年。動きの激しい鉄くず相場、その針のムシロに悶えながら凄まじい現代鉄クズ戦争を勝ち抜き、ヒューゴ・ニュー・コーポレーションをアメリカ最大の鉄クズ輸出業者に育てた後、現在は新会社を設立。『鉄屑ロマン』 の著者。

(引用: 鉄屑ロマン)
posted by ヒデキ at 08:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 商社マンの仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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